生きてさえいてくれたらそれだけでいい

冷たいかもしれないけど
私はそうは思えないんです。

息子があの時助かってたとしたら
おそらく低酸素脳症になって
きっと一生寝たきりだし
意思の疎通もできない
一般食も食べられない
顔も声も体つきも変わっていたことと思います。


息子は先天性の難病を抱えて生まれてきました。

臓器や血管をぐちゃぐちゃに作ってしまう病気です。

心臓の構造もぐちゃぐちゃ。

だから何度も手術を重ねてきました。

心臓手術は心臓を止めて人工心肺を使うんですよね。

だからリスクはとても大きい。

術後、低酸素脳症になってしまう子を
たくさん見てきました。

息子よりも軽症で息子よりも簡単な手術でも。

生きるために
手術をする

じゃないと死ぬから

なのに手術をしたことによって
それまであった日常が、
かわいい反応が、
全てなくなってしまうんですよね

もう何が正解なのかわからない‥

と思いながら

それでも何度も手術を受けてきました。


寝たきりの重症医療的ケア児の育児は
想像を絶すると思うのです

他にきょうだいがいたら
そのきょうだいの人生まで変わってしまう

生きていてくれてありがたいし
一番頑張ってるのはこの子なんだと思うと
死別してしまった私達みたいに
悲しい辛いと嘆くことも
思うことすらもできなくて
そこは本当にしんどいと思うんです。


すごく大変だと言っていました。

その「すごく大変」は
きっと経験した人にしかわからない
大変さだと思います。

そして後悔、孤独、疲弊、喪失、悲しみ、悔しさ

いろんな感情でぐちゃぐちゃだと思います。

生きてるけど
あの子はもういない‥
そんな感覚なのかもしれません

あの子に会いたい‥
あの頃は幸せだったな‥
って思うんだろうな

私はね、
良くも悪くもいろんなパターンを見てきて
いろんなことを知ってしまっているから

息子が亡くなって悲しいけれど

あの時助かっていれば‥!
命さえあれば‥!
生きてさえいてくれたら‥!

とは、思いません。

息子も可哀想だし
次男も可哀想だし
私自身もそれが幸せだとは思えないから。

これでよかった、だなんて言いたくはないけど
これでよかったんだと、思うんです。

息子も自由になれたしね

寂しさは残るけどね

親だからね、そのくらいは我慢しよう

きっと息子自身が選んだんだろうし
私はその選択を尊重したい


そして私は
子どもを亡くした親が一番不幸で
一番可哀想とも思わないんです。

だって確かにいたんだから。

確かに一緒に過ごした時間があったから。


生まれた時に低酸素脳症になってしまう子もいるわけで。

そうしたら
一緒に笑い合ったり
一緒に食卓を囲んだり
言葉を交わしたり
そういう日常もないわけですよね。

私にはあったから。

重い障がいがあって
言葉を交わせない親子もいますよね
それでも体は丈夫で
親亡き後を考えなければならない人も。

いろんな家庭がありますもんね。

そういう人たちの感情を無視して
子どもを亡くした親が一番つらいだなんて
私は言えません。


いろんな人がいる

どんな立場の人が一番幸せとか、
一番不幸とか
そういうのは比べるものじゃない

それでも生きている

それだけで尊いと思います

私も、
そしてここの皆さんも
ここにはいないけど
苦しみながら頑張ってる人達も
みんな尊い

それでいいじゃない

そうやって生きていきたいですよね