うちのブログではほとんど取り上げたことのない分野。今回はフィギュアのプラモデルについて。数年前、創彩少女庭園なるプラモデルが発売になった。ちょっと注目してたんだよね。昨今のフィギュアのプラモデルは「美少女やJKが武器を持って戦う」みたいなのばかりでなんか嫌だった。すごく違和感を感じていたわけ。そこへきてこのシリーズは「普通の女子高生」なわけで、そのへんの違和感を感じずに済む。それに改造なんかもやりやすそう。そこで正月に買ってみたのだが、例によってずーっと放置され、今頃になってようやく手を付けることに。

 

 中身。懇切丁寧な説明書がついている。かなり分厚い。内容を見れば、これまで工作をしたことのないような人が見ても作れるように工夫されてる。こういうキットはどんどん普及してほしいと思う。誰しもが高度な工作ができるわけでもないのである。一応塗装せずとも作れるよう、各部品はすでに成型色がついている。けど髪の毛がツヤツヤなことなど、そのまま作るとちょっと微妙な点も。

 なんかやたら部品が多いが....、ポーズを変えるためのパーツが入っていたりで、実は組み立てはそんなに難しくはないと思う。接着剤使わずに作れる。高価なキットではあるが、まあ仕方ないかと思える程度には色々なパーツが入っている。今回はこの小鳥遊暦を作ろうと思うのだが、前から思っていたがこの制服を色変えればうちの母校の制服そっくりなんだよな。正確にはうちの母校の高校は数年前に制服が変わっていて、現行の制服にそっくり。私が在籍していた頃のはだいぶ違うのであるが。

 

 とりあえず、うちの母校の制服っぽくやってみるかの。在籍時の制服デザインは襟元の構造がよくわからなかったので、現行の制服にしてみた。なんせ在籍してたのなんてふた昔も前だしな。

 

 うちの母校は地域でも評判なくらい校則が厳しかった。中学かよってレベルだった。また、体育が厳しいことでも有名だった。私のような運動音痴には生きにくい環境だった。特に髪色などは厳しく言われたものである。よってこのモデルの髪色で登校などしようものなら、即職員室、生徒指導室、体育教官室引き回し、はっきり言って命がいくつあっても足りない。ツヤツヤなのも気になるので髪を黒く。靴下も黒く(最近白い靴下はあまり見かけないんよな)。制服も紺か黒か微妙だったのだが、手元に近鉄特急のブルーしか紺色のスプレーがなく、なんとなく学校のHPなど見れば黒っぽく見えたので、思い切って黒にしてみた。

 

 で....、うちの母校の制服着用で完成したのだが。

 なんだこれは...。もはやパッケージのイラストとは別人である。いやまあこんな雰囲気の奴は同級生に確かにいたけどさ。ちなみギターはなんかの食玩のおまけ。ちょっと小さいかと思ったら意外と違和感ない。こんな感じに母校の風紀委員に捕まらないレベルの改造を目指したものの、こんな短いスカートで登校などしたら即生徒指導室へ連行となるはずである。もっとも、さすがにスカートの改造は自信なかったのでパーツを塗り替えただけ。大阪ではこんな短いスカートは流行らない。

 

 後ろ。

 ちょっと塗装を変えるだけでだいぶ印象変わるよな。これは鉄道模型の人形にも言えることで、同じポーズの人形とて塗装を変えれば複数いてもなんら問題ないのである。何が問題かと言えば、塗装が面倒ということに尽きるのである。しかし可動フィギュアのプラモデルはたまにやれば面白いな。

 

 ところが、figmaに比べれば関節の可動域が異なっていたりして、右腕の関節のジョイントをばきっとやってしまった。送料込みで補修パーツがけっこう高くつくことになってしまったのであった。

 

 

 

 タイトルの通り。最近妙に忙しく、家に帰ってもぐったりしてばかり。札幌の家から工作するものを持ってきていても、なかなか作業も進まずで、今日はひさびさの投稿。今週末にまた札幌の家に帰るので、それまでにとりあえず造船業だけでもここ数日でがんばりました。

 

 

 海自の護衛艦に補給艦、ミサイル艇に台湾海軍のフリゲートなどなど。ピットロードから護衛艦が色々発売になったときはびっくりしたものだったが(私が中学生くらいの頃のこと)、どれも気づけば20年以上も前のキットになっている。そのせいもあってか船体にヒケがあってこれまたどうにも目立つ。さらに悪いことに、どのキットも旅先のリサイクル屋などでゲットしてきたものばかりで、デカールがみんな死んでいた。台紙からずらそうと思ったらすぐちぎれてぼろぼろになってしまう。ヘリコプターの着艦表示は本当に苦労した。デカールが粉々になってしまったため、手前から三番目の護衛艦はるさめの着艦表示は完全手書き。その点ミサイル艇は最近のキットのせいで(これは新品で買った)デカールのストレスはなかった。

 

 台湾海軍のキットもなかなか目新しい。一番手前のノックス級フリゲートが発売になったとき、買おうと思ったがどうにも高価すぎて、結局買わずそれっきり。中古で見つけて今作ってみた。確か発売になったのは10年くらい前だったと思うけど、その割にはモールドがぼったりしてる印象。手前から二番目の康定級フリゲートは部品点数は少なく組み立てやすい。ステルス性を重視した最近の艦艇の特徴がはっきり見て取れるし、これは好キットだった。ただ、政治的な部分で兵装や装備品などは輸入できず独自なもの、よって西側諸国の装備パーツを流用できないのがやや残念であるが。

 

 とりあえず現代の艦艇の積みプラはだいぶ片付けた。現代の艦艇ではあとロシア海軍、中国海軍、米海軍の艦艇がごっそり残っているのだが...。ひとまず次回からは鉄道模型工作に戻ろうと思うのでこうご期待。といってもなあ...、目下最大の懸案である近鉄特急キットをどうするかはまだ決まっていない。また、札幌市電は使いたい鉄コレ動力がどこも品切れ、函館市電はパンタグラフをどうしようか決めてない。こういう「一つ解決すれば一気に進める」状態のものは多いんだけどね。

 もうかなり前だけど、紀州鉄道のキハ603が鉄コレで売られていたのでゲット。ところが、買ったはいいが実家のどこかに置き忘れ、さらにコロナで長く帰省できなかったこともありずっと放置(というか忘れてた)、GWに二年ぶりに帰省し部屋を片付けていたら「机の裏側から」発見された....。ちなみに台車枠は紛失。どこ行ったんだろうな。

 

 とりあえず余っていた18m動力を入れる。これはただ入れるだけ。亡くした台車枠は動力付属の旧型気動車用のをつける。同じ紀州鉄道ってことで、余っていたTOMIXのハイモ180も紀州鉄道カラーにしてみた。

 北条鉄道のおさがりのレールバス。形態はだいぶ異なるのだが、TOMIXのハイモが売られていたときは北条鉄道カラーもあったことだし、まあこれくらいの形態違いはいいでしょう。赤い帯が入ってたような気がするが、実車の写真見たら入ってない時期もあるようなので、面倒なこともあり緑帯のみで。ちなみに紀州鉄道は一度だけ高校生の頃に乗りに行った記憶がある。御坊駅から紀伊御坊まで乗って、帰りは御坊駅まで線路沿いを写真撮りながら歩いたが、なぜこのとき終点まで乗っておかなかったのか、全く意味不明な旅行だったわ...。しかしうちで手持ちの紀勢本線車両は実質227系しかいない。これらの紀州鉄道車両に出番などあるのだろうか。

 

 およそ再販の見込みもないTOMIXのハイモ180。カプラーが特殊だし動力も窓から丸見えだし、昨今の各社の完成品に比べればやっぱりちょっと苦しい。それなのに中古では出物が少ない上に、あってもぼったくり価格のものばかり。再販当時に買ったものやジャンク(といっても発売当時の定価程度)で10年ほど前に買ったり、いつのまにか増えた。

 

 樽見鉄道が2両、有田鉄道1両、紀州鉄道1両。これに加えて三木鉄道も2両いる。ついなつかしさで無計画に買ってるとこれですよ...。実物に乗ったこともないくせにね。ただ、これが売られてた頃の模型売り場は面白かったと思う。当時は今みたく高価ではなく子供でもがんばって小遣いためればなんとか手が届いたし、単品ばら売りがメインだったので、1両ずつ増結することもできた。KATOの153系なんて、編成になるまで数年かかったわ。それに今みたく毎月のように新製品が出てくる感じでもなかったし、生産は一度きりで買えなかったらもう絶版みたいなこともなかった。今買えなくてもカネ貯めて再生産を狙うってこともできたんだよな。当時が懐かしいな、などと言いつつ今日の記事。とりあえず部品箱に放り込まれていた近鉄特急キットのジャンクパーツを点検したら4両分あったので、何か作ろうと思います。あと札幌市電と函館市電のプラモデルも、いい加減動力入れて作らなきゃな。給料日を待たないと動けない(というか動きたくない)あたり、小遣いをためた子供の頃と大して変わってないなと思ったりもするのであった。

 

 

 前回の記事で、近鉄の鉄コレとGMキット組み立ての車両を連結する話をした。どちらもライト点かないし、塗装のついても鉄コレもハズレのはやや汚れが目立ち、自分で塗装したのとそんなにできは変わらない場合すらもある。GMキットと鉄コレの連結は、GMキットの後期の製品となら充分見られるものになるのではなかろうか。未塗装キットの塗装が難しければ、近鉄なら昔のマルーン一色にするとかね。ちなみに6600系もマルーン一色の時代はあったので、こちらもいっしょに塗り替えてしまえばいいのでは(過渡期は新旧塗装併結もよく見かけた)。車体だけに分解してしまえば、マスキングすらも不要になるしねえ...。

 

 近鉄は概ね満足の行く結果だったが、西武2000系があまりよくなかった。車高が違いすぎる。GMキットのはなぜあんなに車高が高いのか。台車取付穴周囲を削って低くしたら、台車が取れやすくなって失敗。じゃあ鉄コレの床板を使うしかないかってことで、やってみた。東武9000系のジャンクから床板や機器類一式とってきた。

 違和感を感じるほどではないものの、GMキットは鉄コレよりやや幅が広い場合が多い。この鉄コレ床板の側面にプラ角棒などででっぱりを作り、そのでっぱりは車体内側の(本来の)床板取付リブにひっかかるようにすればいい。台車もそのままではつかないが、裏技を使えばGMキット用の台車は簡単に鉄コレの床板につく。

 要はGM台車のセンターピンを除去し、鉄コレ台車のセンターピンをGM台車につける。ただそれだけ。こうして、キット由来の新2000系の車高はだいぶさがった。

 左がGMキット、右が鉄コレ。けっこうがんばりましたよ...。あとはキットのほうのスカートを右の初期車と同じ形態のものに交換するだけ...。部品買いにいかないといけないんだけど。ちなみに右側の初期車のほうに動力が入っていて、動力はKATOの西武101系用のものを使用。鉄コレ用とは比較にならないパワーである。

 

 こうしてうちの西武車両が勢ぞろい。

 意外といるな...。まあ手前の101系は4両編成の多摩湖線なわけで、4列車同時に走らせる場合ここには東急5040系が(今のところ)入るわけですが。最近の車両ばっかり。このあたり「模型的な面白さ」より「出先で見かけた乗った電車」を優先する自分なりの考え方なんだよな。

 

 さて、複々線で走らせれば気分は池袋線、でもなんか違和感あり。ホーム配置もさることながら(こればかりは配線の都合で変更不可)、西武2000系初期車は池袋線にいないんだよな...。厳密には一時期いたこともあるらしいけど、今行けば見れるというものでもない。まあ沿線在住のよっぽど詳しい人かベテランモデラ―でない限り、「何それ?」て感じかもしれないけどさ。大阪の鉄道マニアや模型マニアも、大多数は違和感なくスルーだと思う。

 

 ところが、こういう並べ方をすると。

 南海電車をこういう並べ方して走らせると、大阪特に南海沿線の住民は大いに違和感を感じると思う。本線と高野線の複々線、ホームは高野線にしかないし、実車は走行性能の都合などで高野線と本線で明確に区別されている。ズームカー(の高野線ラッピング)とサザンプレミアムが並んで走るなど、到底考えられないのである。泉北高速が乗り入れてるのは高野線であり、本線ではない。1000系は本線にも高野線にもいるけどね。この場合サザンと泉北7000系を入れ替えればOKなわけだけど、関東在住の人は、あまりこういうこと考えないんじゃないかと思う。西武2000系も同じなんだよね結局。わかる人はうるさく言いたくなるかもしれないが、私は自分の好きなように走らせればいいと思うんだよ。私の地元を走る南海電車を、関東だけでなく全国の模型鉄が興味もってくれると嬉しいしな。

 

 前回は近鉄南大阪線の車両についてだったが、今回はその車両同士をTNカプラーで連結させてみようという話。結果、近鉄はまあそんな悪くはない、って感じだったが、同じ手法を使った西武は散々な結果に。

 

 近鉄6600系。こちらにTNカプラーを装着するのはさして困難ではない。

 スカートを写真のように真ん中のカプラーを挟むあたりを切り取って、写真の形態にする。TNカプラーはほぼポン付けできるので、あとはこのスカートが干渉する部分を削るだけ。思ったよりはるかに簡単に装着完了。また、この6600系はほとんど増結用であるので、台車枠を使わない。

 この台車枠と20.5m動力との組み合わせで(現在実車は置き換えが囁かれている)昭和40年代登場の通勤車の動力はほぼなんとかなる。もちろん一番いいのはKATOかTOMIXのアーバンライナー動力をどこからか拉致してくることだが...。なのでこの台車枠は捨ててはいけない。

 

 一方6200系や6020系の場合、特に床板の厚さを変えず、スカートの干渉する部分だけを削ってカプラーをゴムボンドでそのまま装着。

ちょうどスカートの中央部分が干渉するため、うまくスカートにカプラーがはまるように削る。床板の端もカプラーがはまるように削る。ただ、TNカプラーをつけると先頭の台車の可動域が狭くなってしまうんよな。まあ今のところ問題になるような急カーブはうちには存在しないのだが...。

 

 こうして連結してみれば。

 ややGM未塗装キット組み立ての6200系が腰高であるが、明らかに不自然というほどでもなかった。まあ近鉄についてはこれでよかった。6600系に行先シール「準急河内長野」を装着、実家近くを走る近鉄電車とあいなった。

 

 同じ要領で今度は西武2000系も。鉄コレの西武2000系初期車。こちらはダミーカプラー一式を取り去れば、TNカプラーはポン付け可能。これまでこんな簡単に付く車両あっただろうか?ってくらい簡単。

 うちのは側面の表示幕やスカートなどもついた最近の仕様。スカートは完成品の補修パーツを使用、床板ではなく車体に取り付ける。TNカプラーの干渉する部分を少し削ればこちらも簡単に付く。

 

 ところが。

 

 未塗装キット由来の新2000系と並べると、衝撃の事実が。

 なんだこの高さの違いは....

 

 台車のあたりを見比べるまでもなく、明らかに未塗装キットのほうが腰高すぎ。車体もキットのほうが少し大きいような気がするが...。ちょっとこれはいかんな。うちの西武車両は多摩湖線の101系以外全て8両編成。2000系もやっぱり8両編成にしたいよねってことで、とりあえず台車の取付部を削って薄くしてみた。

 台車が取れやすくなるくらいにまで削ったが、効果は微妙。まだやっぱりかなり腰高。ところが床板の取付位置をいじらない限り、これ以上車高を下げることは難しいっぽい。塗装もして窓ガラスも入ってる状態で、車体内側のリブを削るのって大変なんだよな...。

 

 これを解決するために、車体幅の狭い鉄コレの床板を使ってみようと思い立ったが、ドナーとなるべき部品は札幌の家に置いてきてしまった。こうしてまたここで工作は止まってしまうのであった...。

 近鉄と聞いて、ほとんどの人はアーバンライナーとかビスタカーの走る大阪線(または名古屋線)や、長編成が走る奈良線を思い浮かべるはず。特急の走る本線でありながら、南大阪線を思い浮かべる人なんて、精々沿線住民くらいだと思う。南大阪線とは近鉄の中ではマイナーな存在なのである。今は違うかもしれないけど、私が10年くらい前なんか近鉄で一番利用者の多い駅は南大阪線の阿部野橋だったのにね...。また、南大阪線は古墳を避けながら進むのでカーブが多く遅い。それもあって支線でありながらほぼ一体的に運用される長野線のうち、川西以南の沿線住民は遅い近鉄を敬遠して南海高野線を利用する人も多いのである。マイナーなのは模型の世界でも同様で、最近マイクロエースがさくらライナーを出すようだけど、特急ではなく一般車の南大阪線系統は今もほぼ製品ってないんだよな(VVVF車の全線共通規格のやつくらい?)。ラビットカー6800系とかは昔キットであった気がするけども...。

 

 なので鉄コレで突如6600系が出たのにはびっくり。こないだ東京の中古屋でゲット。

 このタイプはキット改造でも作るのは至難の業。キットの存在する奈良線8810系とは似ているが、裾絞りの有無を始め大いに異なる。製品化してくれたのは素直に嬉しい。けどどちらかと言えばマイナー車種で使いにくいのは確か。この後に登場した6400系は30編成くらいいるのに、6600系は4編成しかいないし、ワンマン仕様もない。2両を2本繋げた4両編成は普通などで存在するものの、もともと車両数が少ない6600系同士が連結される確率はすこぶる低い。となると他の一般車の増結するしかなくなってしまう。

 

 うちにも一応いるんですよ、一般車は。まず6020系。

 6020系はGMの2600系キットから作れる。ただし2600系と違ってパンタ付き先頭車は存在しないので、パンタ台や配管類をきれいに撤去して、パンタ無先頭車を2両作る感じ(床下はMcとTcで区別し、手元のはMcが河内長野側)。また、パンタグラフは一部交差型を搭載した車両もいるそうだが、私は見たことない。6020系は4両と3両のがいるが、橿原神宮とか吉野方面の急行は4両、古市から河内長野へ行く準急は5両編成が多い。つまりこの3両の阿倍野側に先ほどの6600系2両を増結するわけである。藤井寺とか古市とかで来る電車を見ていると、半分以上はこの6020系。

 

 もう一つ、6200系というのもいる。

 ぱっと見6020系と区別つきにくいけど、こちらは最初から冷房搭載で、屋根は6020系より丸い。6200系は2610系キットから作れる。2800系を作るつもりで作ればいいが、6020系と同様先頭車にパンタグラフはないのと、ランボードをうまくつなげる必要があるわけ。この工作が面倒なんよな。ランボードは全車阿部野橋に向かって右側にのみあるので、バルクパーツを使うわけにもいかないし。この6200系もよく見かける。6020系と同様に実車も3両と4両がいて、3両は6600系や6400系の2両を増結した5両編成、4両はそのまま急行になっていたりする。

 

 ちなみにキットは4両セットだし、一応T車も作ってはいる。

 しかしあまり出番はない...。

 

 鉄コレ6600系が出たことで、以前キット改造で作った微妙な6600系らしき車両を廃車にして、これらを併結できるように整備してみようと思います。西武2000系の整備をするとか言っておきながら、こういう謎企画が割り込んでくる。それが私のクオリティ。遠く北海道にいると、地元を走る長野線がちょっと懐かしくなるのである。

 最近登場した西武の特急ラビュー。未来的デザインでシンプルな銀色一色はなかなか好感が持てます。昨今の団体用車両やJR九州の車両のような、ド派手なデザインとは一線を画すそのデザインが気に入り、マイクロから発売になるとなったのでたまらず予約。E721系のときもそうだったが、こういう「瞬殺」が予想されるような車両は、中古でもぼったくり価格になるのは容易に想像できるので、中古で探さず新品で予約しておくのが正解だと思う。しかもこれまで貯めたポイントを一気に放出したので、新品にも関わらず実質半額でゲットできてしまった。田舎に暮らすと家電や模型のみならず、日用品や食品まで通販で済ませることも多く、1万円分のポイントですら割とすぐたまるのである。こういうときに使わずしていつ使うんだってことで。

 

 家にやってきたラビューを見てみれば、もう色々すごいなあと思うわけです。GMのキットなんか作ってたら、床板はけっこう高い位置になるわけだけど、ラビューは窓が大きくて座席の足元まで見える。従来のような背もたれだけの表現ってわけにはいかない。よくここまで床板を低くできたなってびっくりする。動力車なんて、言われなければ動力を搭載していることがわからないくらい(まあ床下機器を見ればわかるんだけどさ)。

 

 動力車ですら座席が足元まで再現されているとは恐れ入りましたわ。人とか載せてみたくなるよね。

 

 今回の札幌の家滞在はあまり時間なく、さらっと試走させた程度だったが、軽やかに走行し特に違和感などもなかった。正直価格が発表になったときは「高いな」とか思ったけど、これなら納得いくレベルなんじゃないでしょうかね。とりあえず30000系と並べて走らせてみれば(ぐでたまのは確か池袋線には来なかった気がするのだが)、気分は大泉学園や石神井公園。西武はあと2000系と101系を持っているが、101系は4両編成の白いやつだし、2000系はちょっと整備が必要な状態なので今回は出さず。やっぱ模型を走らせるのは楽しいなってことで今回の記事とします。次回はその西武2000系初期車の鉄コレとGMの未塗装キットの2000系後期型との併結改造と整備でもやろうかなと。

 最近仕事が忙しく、家に帰ってもぐたっとして工作があまり進まない。撮り貯めした深夜アニメもあまり片付いていない。深夜アニメだとCM飛ばせば1本20分という時間がちょうどいいんだよ。ドラマだと朝とか昼休憩に見れないからな。そして工作で手を動かしながら見ていると、だんだんわからなくなってくるというね。

 

 それはそれとして、とりあえず札幌の家から持ってきたゴミ、じゃなくてバラバラになった部品をなんとか再生させていきます。

 前もちょっと写真を載せたけど、商店セットはこの状態。自分で言うのもなんだけど、よくこんな汚い作り方してたよな....。色のセンスも最悪である。小学生当時は瓶入り塗料一本買うのも苦労していたんです。もちろん水性ホビーカラーしか扱えない。このGMの商店セットはランナーに色がすでについていた。それだけに接着剤のはみ出たものが変色して恐ろしいことになっている。しかもよく見ればランナーから切り離したバリがそのままになっている箇所も。

 

 状態のいい壁と屋根、正面を組み合わせ、なんとか補修を試みた。ちなみにジオコレの日通事務所の古い建物と、海外ストラクチャーの住宅(こちらも崩壊して壁面がバラバラでガレージ入口のシャッター部分の壁紛失)も再建。なんとかがんばって形になった。

 ベースは例によってスチレンボード。最近めっきり見かけなくなったこのタイプの住居と一体になった商店。黄ばんだパーツを塗装しなおして、手元のステッカーを組み合わせるなどしてなんとか見れる程度にはなったと思う。トミックスの商店セットのように、商店は三軒をベースに固定。いちいち並べるの面倒だし、側面のスペースを自販機コーナーにしようとか思っていた(がまだ設置していない)。

 日通の事務所はGMの駅ビルか何かのステッカーに入っていた時計をつけて、保存建築物風にしてみた。盛岡とか弘前とか、街中にこういう建物あるよね。一種観光名所のようになっているが、今も使われているのかは知らないけど。ちなみに私の出身大学の敷地にもこういう大正時代風の建物は残っていた。

 

 そして奥の豪邸が海外ストラクチャーのもの。壁は黄ばみまくっていたので再塗装。玄関横のでっぱりが本当はガレージだったのだが、紛失した壁を新しくプラ板で切り出したおかげでシャッターがなくなり、物置っぽくなった。うちで持ってるストラクチャーの「住居」の中では、この家が間違いなく一番の大豪邸。商店セットの家と比べればかなり大きく感じる。スケールは同じ(と思う)。日本の家って小さいんだな。また、本来のベースが折れてぐちゃぐちゃだったので、スチレンボードのベースに芝生を表現したシートを貼ってベースを新調した。この大豪邸は塀を作りたかったのだが、塀や柵などの部品で使えそうなものは札幌に置いてきてしまった。輸送の都合で敷地に樹木を植えれないので庭が作れず、大豪邸もなんだかこじんまりしてしまったが..。

 

 ぼろぼろの状態でかれこれ10年以上も放置していた建物を再生。なんだか妙な達成感があるものの、まだぼろぼろの建物は残っている。ちなみに商店セットの壁や屋根はまだ何枚か残っていたが、傷みが激しいため全部廃棄した。断捨離である。それにしても住宅のモデルって少ないよな...。

 GWにまた札幌へ戻れることになった(んだけどもまあ北海道外へ出るわ)ので、それまでの工作をと思って、3月に札幌の家からストラクチャーの残骸を多数こちらへ持ってきた。子供の頃、キットを組み立てたものの失敗してみたり、プラモデル用接着剤を使ったせいで劣化して崩壊してしまったり、御覧のとおりそれはそれは無残な状態で住宅や商店が転がっていた。とりあえず全部透明ケースに詰めて持ってきた。

 私が初めて買った「キット」はグリーンマックスの商店セットとトミックスの商業ビルだった。当時小学6年生だった私にとっては極めて高価な買い物だった。けど商店セットに入っていたステッカーは実在の店が多く(今じゃ考えられないよな)、わくわくしたものだった。今思えば商店セットに入ってるような個人商店の建物に、マクドナルドや西友などのシールなど貼っても変なだけだが...。まあそれはそれとして、6棟作ってもまだ壁面パーツが余るので、それで住宅を作ってみたりとかした気がする。さらに雑誌の作例とかを真似して改造とかするわけ。そして結局失敗してぐちゃぐちゃになって、パーツはいつの間にか紛失して接着剤は劣化して建物は崩壊...。今でこそ泉北7000系とか仙台地下鉄1000系とかゆいレールといった「迷作」をNゲージで生み出す私とて、当時の技術力など所詮はこんなもんだった。

 

 もう一つ、外国製ストラクチャーに一時期はまってたこともあり、外国風の住宅も4軒ほどあった。こちらも屋根が取れたり竜巻を食らったりしたのかと言いたいくらいにぐちゃぐちゃ。パーツに色がついていたり、窓の裏側からカーテンを表現する紙シートが入ってるなど見るべき点も多いのだが、こうなってしまってはもはや残骸。これら洋モノストラクチャーも、結局外国型車両の導入計画断念で出番もなくなり、崩壊するがままとなっていた。同時に保管していた未塗装のバスなどもいっしょに持ってきたので、このあたりのキットをとりあえず見られるレベルに再生してみようとか思うわけ。バスは移動図書館か何かにするかね。

 

 ステッカーも札幌の家の引き出しや部品箱などをひっくり返し、使えそうなものを持ってきた。もちろん当時キットに付属していたものはとっくに紛失している...。

 キット付属のものも、こうして余りを取って置けばそのうち出番はあるというもの。グリーンマックスの商業ビルのステッカーは最近のだけど、商標権の問題か文字の一部を消去していたりしててこれはこれで面白いと思う。まああまり貼りたくはないけどもね..。ジオコレのステッカーは表面のテカリがなかったらリアルなんだけどな。

 

 それと以前駿●屋でトミックスの変電所も見つけた。

 商業ビルは完成品になってしまったが、変電所はまだキットで売られているよう。入手したのは壁が茶色の旧バージョン。子供の頃から一度作ってみたいとか思っていたが、すっかり忘れていた所にたまたま安値で売られていたのでついゲット。

 

 こんな具合に残骸(変電所は未組立なだけだけど)を再生しようとちょっと意気込んでいるところなのだが、しかしGWまであと3週間。札幌へ送ろうと思うと実質作業時間はあと二週間。今週来週あたりで一気に進めないと間に合わないのだが、果たしてまともな再生は可能なのか。変電所はすぐできるにしても、商店や住宅は苦労しそう。

 

 

 買ったはいいが作ることなく、箱の状態で積み上げられ放置される、所謂積みプラ。私の場合も出先のリサイクル屋とかで珍しいものを見つけたら、つい買うんですよ。それで「引っ越しとかで運ぶときに大変」「場所をとる」「作る時間ない」とかなんとか、適当に理由をつけては作ることもなく本棚の肥やしになってしまうわけ。だったら買うなよって話なのだけれども、そこはそれ。なかなかそういうわけにもいかないんだよねえ。

 

 ところが、この積みプラという行為は、非常に危険だということをここ二週間で思い知らされることになる。

 

 ことの発端は先々週。中古で売られてた東京モノレールのプラモデルをゲットしてきて、作ろうと思ったわけ。あとKATOのミニバスも、バスコレ用のデカール(買ったのは確か10年近く前)を使用して、いよいよ作ることにしたわけ。夕食後の一時間程度、毎日作業してもこの程度の工作しかできないというのは、やる気を疑われても仕方ないところだが、今回は完全に泥沼。

 

 東京モノレールはデカールがついていたので、緑や水色、藍色の部分も全てデカールでやってみた。南海バスはもちろんデカール。積みプラということは、まして中古プラモということは、発売なんていつのことかわからない。多くの場合は中にデカールが含まれているが、中古で買ったり積みプラで長く放置していると、このデカールが死んでしまうのである。

 

 東京モノレールのデカールは半分死んでいた。まあこれまでの私なら、社紋とロゴ以外の緑や水色の部分はスプレー塗装で入れるところ(これも変色や剥がれといった経年劣化を防ぐため)、今回はデカールを使った。車端部妻板のデカールがまずくっつかない。綿棒で移動させようにも、変に溶けだした糊のせいでデカールと綿棒がくっついてしまい、なかなか定位置に決まらない。ドア部分も段差にうまくひっつけようにも、押せばすぐデカールが破れて白い部分が見えてしまう状態。結局筆塗でタッチアップなどしていたらすごく汚くなり、これじゃ最初から横着せずスプレー塗装すりゃよかった状態。6両全部デカール貼るのに10日ほどかかったんだけどね。

 

 南海バスなんてもっとひどい。なにしろ10年寝かせたデカールである。目視ではわからないがひび割れがあちこちにあったようで失敗の連続。まず切り出して水に浸けてもなかなか剥離しない。いつもの感覚で数分で水から引き上げてずらしたらすぐぼろぼろに破れる。それこそ再生不能なくらいに細かく。10分以上も浸けてどうにか剥離させても、定位置にこれまたなかなかなじまない。すぐに乾いてぽきっと折れる。マークソフターで湿らせても変に固着してうまく移動しない。ちょっと力入れて動かそうものならすぐ破けてしまう。糊は少ないのかと思いきや、表面にはしっかり溶けだしていて綿棒にデカールが持っていかれる。わずか8か所程度のデカールを貼るのに費やした時間は3日。それでもバスの社紋が入った部分は再生不能レベルに失敗し、省略となってしまった。

 

 そもそも「塗装で表現できない部分」を表現するのがデカール。そのデカールの貼り付けに失敗していて省略などとは、製作そのものに失敗したも同然。これら鉄道模型もそうだけど、艦船模型だったら後部のヘリコプター甲板のラインの貼り付けに失敗などしたら、もう取返しがつかなくなってしまうよね。今回の工作もこんな具合でしょうもないところに苦労をさせられ、挙句結局失敗ヵ所も何か所もあり、積みプラなんてするもんじゃないと嫌でも思い知らされることになったとさ。この記事読んだ人は、ハー●オフとかで珍しいプラモデルが売ってても、(少しでも作ろうとか思ってるんだったら)ちょっと衝動買いは待ったほうがいいかもよ...。