南海6100系を作るために使った、近鉄2410系キット。4両のうち、残った2両はどうしようか?結局いろいろ考えた末に素直に組むことにした。私のゲージ近鉄電車は全て南大阪線の電車であるが、残念ながら南大阪線に2410系タイプの2両編成は存在せず、全て3両ないしは4両編成であるし、かといって養老線の電車を作るのもちょっとなあ...(大垣駅でちらっと見たことしかないし)。


 というわけで6020系の3両編成にするべく中間車のバルクパーツを買いにいったら、これまた似たような部品(つまり2610系中間車)の部品を間違えて買ってしまった。そして土曜にもう一度店に行ったら欲しい部品は無い。かといってこれ以上部品の状態でごそっと机に積んでおくわけにもいかず、少々強引だが中間車は妻板だけ2410系の残りを使い、屋根は裏から切り込みを入れて断面形状を変えるという荒療治をやって車体にセットした。こうしてできたのが写真の状態。



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幸いにして側板の形状は2610系、2410系とも大差なく、妻板もしっかりなじんだ。ただ、2610系キットの側板はヒケが目立つので中間車だけはパテ盛りをした。そして、せっかく作るんだからと部品箱のなかに大量にあった非冷房車用のラインデリアを搭載することにした。真夏のクソ暑い時期には非冷房車など作る気にもなれないが、もうこの時期になると気にならない。側面の種別表示機もそのまま残す。もちろん塗装は赤一色にする予定。先頭車にためしにラインデリアを載せてみると、冷房車とはまた違った雰囲気がする。


 もちろん塗装は赤一色。シンプルな車体、行き先サボ、表示幕のない前面、ひらべったいラインデリアとそこから伸びるダクト、くそ見にくい側面の黒地の種別表示窓、もうとっくになくなってしまったこれら近鉄通勤車の特徴が、こうして模型として再現され、改めてじっくり眺めてみると非常に新鮮であり懐かしさを感じる。



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 近鉄がこの赤一色の下品な塗装から、紅白塗りに変わっていったのはいつごろだったっけ。私が小学4年の頃にはすでにもうこの赤一色の電車は南大阪線系統では見れなかったと思う。ただ、小学2年のときに駒ヶ谷のアスレチックへ行ったときにはまだ赤色のがいたし、小学受験で南大阪線沿線の学校を受けたときにはまだ紅白塗りの電車は存在しなかった。私は小学低学年当時、ぼちぼち登場し始めた紅白塗りのVVVF車をかっこいいと思い、6020系や6200系のような従来の顔を持つ電車を旧型でださいなどと思っていたものだった。

 私が小学校にあがる頃には、確か今回の作例のようなラインデリア車はもう存在しなかったと思う。というか、当時の私は電車は好きだったがさすがに屋根上までは見ようともしなかったからわからない。また、行き先サボを使う編成は、確か6800系列で紅白塗りになってからも残ってたように思う。側面の見にくい種別表示窓はけっこう最近まで残っていた。普通が青、準急が緑、急行がオレンジ色、黒地にこれらの色文字の電気がつく構造になってるこの種別表示窓、前にも書いたけど私はこれが見にくくて嫌いだった。まあ長野線は基本的に準急しか来ないからいいんだけど。

 現在はシリーズ21という、近鉄ではアイボリーにベージュのツートンカラーの新型車がばんばん走ってる。赤一色の近鉄電車が走ってた時代からは想像もできないカラーリングである。南海電車もまた関空開港に伴うイメージアップで緑の濃淡から現在のアイボリー地のカラーへと変わっていったが、こちらは緑の濃淡が懐かしいという声をよく聞く。ところが近鉄は赤一色の時代が懐かしいという声はあまり聞かない。やっぱ赤一色、しかも阪急に比べれば下品なマルーン色は、あまりウケなかったんだろうか。私も南海の緑の濃淡が懐かしいと思う一人であるが、たとえダサい赤一色だろうが、私は赤一色のこの作例のような近鉄電車にも南海と同じような懐かしさを感じてしまう。昔はあれほど赤一色の電車が嫌いだったのに、不思議なものである。