タワマンではなく農地を買うという選択…“食料確保”を真剣に考えたほうがいいこれだけの理由

 

 マンションの高騰が続く中、マンションを購入しようかどうか悩む人が増えている。東京都区部の新築マンションの平均価格は1億1483万円となり、かつては高級マンションの称号ともいわれた「億ション」はごく普通のマンションに格下げ。新たに「2億ション」「3億ション」でなければ高級とは呼ばれなくなっているのが実情だ。

東京・勝どき ©kawamura_lucy/イメージマート

東京・勝どき ©kawamura_lucy/イメージマート© 文春オンライン

 こんなマンション価格に必死に食らいつくのが、パワーカップルだ。パワーカップルとは夫婦とも大手企業などで働き、世帯年収が1500万円程度以上になる夫婦を指す。かつての標準家族は、夫が働き、妻は専業主婦、子供は2人。この家族形態ではたとえ夫が上場大企業に勤務していたとしてもその年収には限りがあり、おいそれと億ションに手を出すなどということは不可能だった。

 ところが現代の家庭は夫婦とも働く2気筒エンジンを搭載した出力の高い世帯だ。たとえば世帯年収で1500万円ある夫婦が、ペアローンでマンションを購入しようとすると、金融機関はあっさりと1億円程度のローンを組んでくれる。

 

 期間35年、金利2%で、年間のローン返済額を一般的に上限額と言われる年収の25%に設定すれば、総額で9433万円を貸し出しできるからだ。実際には金融機関で用意する様々なサービスを利用することで変動金利であればその水準はもっと低くなり0%台前半のものまである。1億円を借りるなんて簡単なのだ。

ローン返済の35年間に想定される“様々なリスク”

 ただローンを出してくれることと、この先返済を恙なく行えることとは関係がない。金融機関はパワーカップルのその後に続くはずの順風満帆の人生を想像しているだけで、保証しているわけではないからだ。

 では35年の間で想定できる様々なリスクを考えてみよう。金利は当分上がらないなどと言われるが、金利を思うがまま制御できた政府や中央銀行など世界に存在しない。金利は制御不能な暴れ馬になることがある恐ろしい存在だ。夫婦相睦まじくという前提も意外と脆いものだ。夫婦が不和となって離婚に至った場合、ペアローンで相互に連帯保証人になっていれば、互いに相手のローン返済を負えるほどの余力がない限り、物件を売却して返済せざるを得なくなる。自分たちが勤めている大企業が未来永劫繁栄し続けるなどというのもお花畑な発想だ。

「マンションに資産価値がある」という価値観は継続する?

 ここまでは自分たちに直接降りかかるリスクだが、世の中で生じるリスクはこんなものではない。中国と台湾の緊張激化、ウクライナのみならず世界中のどこにいつ起こるかわからない戦争リスクに巻き込まれる可能性、大地震、火山噴火などの災害リスク、気候変動などの気象リスクなどが想定されるのにもかかわらず、無事に35年間、のほほんと今の環境が続き、マンションには資産価値があるとする価値観が継続していくと考えるのは楽観的にすぎるだろう。

 マンションはともかく、最近の日本の国力衰退については、ようやく日本人の多くが気付き始めている。低金利は株式や不動産の高騰をもたらし、一部の富裕層がその恩恵にどっぷりと浸っているが、低金利が今後も続くということは、海外との金利差が広がることで更なる円安が加速されていくことを意味している。

 

 円安は輸出産業を潤すなどと言われるが、現代日本は輸出で儲けている国ではなく、資金運用で儲けている国であり、低金利と円安はさらに国内資金を海外に逃がすことを後押しする。投資家は海外で儲けるかもしれないが、一般庶民は輸入物価が上がり、生活苦が一層強まることは自明である。

日本がこれから陥る可能性の高い「食料の危機」

 だがこの先に来る次なるクライシスにまだ多くの国民は気づいていない。円安は日本のバイイングパワーを著しく削ぎ始めている。海外での原材料の買い付けはもちろん、食料の多くを輸入に頼る日本は、現在多くの食料品の買い付けで「買い負け」状態に陥っている。

 日本の食料自給率は2022年、カロリーベースで38%だ。この数値は先進国の中で最も低い水準にある。世界各国をみるとカナダは233%、オーストラリア169%、フランス131%、アメリカ121%をはじめドイツで84%、イギリスでも70%だ。

 日本も1965年で73%を記録していたが、自給率は日本経済の成長とともに下がり続け、強くなった円で世界中の食料を買い付けるようになった。そして現在、日本の食は今後の世界情勢に委ねられた状態になっているのだ。これからの未来で、自分たち日本人が最も心配しなければならないのは、実はマンション購入ではなく、食料の安定的な確保なのだ。

 ところが多くの政治家は農業政策にあまり興味を示していないように映る。かつての自民党は農村部の票が岩盤支持層といわれ、農業政策は国の重要な政策基盤となってきた。ところが現在は地方選出の議員でも、地方に実際には住んだことがない2世、3世議員ばかりだ。多くの官僚を輩出する東京大学の学生も今や学生の7割が大都市圏で生まれ育った都会っ子で占められており、地方の本当の姿がわかっている者は少数派だ。

 今後どこかで生じる様々なリスクを通じて、日本が食糧難に陥る確率は大地震の発生確率以上に高く、そしてその影響は日本全国に及ぶものとなる。

タワマンではなく農地を買うという選択

 国民がこれからできることといえば自己防衛するしかない。農林水産省の調べによれば現在、国内では耕作放棄された農地が42万3000ha存在する。農家は事業を承継する者が少なく、農業従事者の数は減少の一途。2020年には136万3000人、15年前の2005年の224万1000人と比べて39%もの減少となっている。

 ならばタワマンを買うのではなく、そのお金で農地を買い、農業をやってみたい若者に貸し付け、収穫の一部を納めてもらったらどうだろう。自分は都会で働き、毎日の食事は自分が貸し付けている農地を耕してくれる人(これは「小作人」と呼ばれるのかもしれないが)から届けてもらえば、食費が浮くばかりか、何らかのインシデントが発生した時にも生き延びられる、そう発想するのも自然だろう。

 

 ところが、これまで農業とは無縁だった個人が農地を買うことにはとても高いハードルがある。農地を勝手に買うことは農地法で制限されているのである。

 農地を買おうとする場合には、地元の農業委員会に申請書を提出して許可を得なければならない。許可を得るためにはいくつかの条件がある。

農地を買うための条件とは

(1)取得する農地のすべてを効率的に利用すること

 

 機械や労働力等を適切に利用するための営農計画書の提出が必要

 

(2)必要な農作業に年間150日以上従事すること

 

(3)周辺の農地利用に支障を及ぼさないこと

 

 周辺の水利調整や無農薬栽培などに迷惑をかけないこと

 これらのほかにも農地面積の最低面積を決めており、広い農地を買わなければ認められない構造になっている。つまり農業を支援、継続するには農作業もまともにできないような生中な国民のお金なぞ必要ないというのが、現在の農地法の考え方なのだ。

 日本の首都東京の、しかも投資マネーに踊らされたエリアに「高すぎるマンション」ばかりが建設され、それに人生において得られるであろうすべての給与債権を賭して、あとはひたすら世の中が大きく変化しないことを前提に生きていかなければならないような無謀な決断を多くの国民に強いるのではなく、皆が普通に毎日の食事にありつける農地の民主化が、これからの日本には必要なのである。

(牧野 知弘)