「コロナ対策システムで50億円の血税をドブに」 韓国、中国にも完敗の日本は「デジタル・バカ」

 

デイリー新潮

河野太郎デジタル大臣

 日本政府が必死に旗を振るDX推進政策。が、コロナ禍での電子システムの乱立や「マイナ保険証」をめぐる混乱を見ても、政府自身がその理念を理解しているようには到底思えない。経済ジャーナリストの荻原博子さんが「デジタル化」のバカげた実態を斬る。 【写真を見る】「皮膚の中にマイクロチップ!」 スウェーデンでは1割の人が実践済み  ***

 2024年3月31日をもって、デジタル庁が発行した「ワクチンパスポート」=新型コロナワクチン接種証明書の専用アプリの運用が停止されました。  21年9月に発足したデジタル庁は、準備に約1年、初年度の予算が3000億円という日本のデジタル化を推進する総本山で、その初の大仕事が「証明書アプリ」でした。

失敗となったデジタル庁初の大仕事

 21年12月20日にスタートしたこのアプリは、新型コロナワクチンの接種証明書を電子的に取得するシステム。いつでも、無料で、すぐに取得できるという触れ込みでした。  ところが、開発に時間がかかり過ぎ、その間に民間主導でいくつかの接種証明書アプリが出ました。そのひとつ「ワクパス」は、旅行大手のエイチ・アイ・エス(HIS)や「かっぱ寿司」など約10社が採用を決め、約8万社が加盟する東京商工会議所が普及に協力した便利でおトクなアプリ。こうしたものの陰に、デジタル庁のそれはかすんでしまいました。  しかも、ワクチンの3回目接種がすでにスタートしていたにもかかわらず、政府のアプリは、3回目以降の接種についてはそのつど登録し直さなくてはならない。スマホの機種変更にも対応しない。  累計アプリダウンロード数は約1566万回(24年2月20日時点)でしたが、コロナワクチンの接種にしか使えないので、23年になってほとんどの国でワクチン証明書が不要になると、存在理由を失って運用停止へ。  今年4月以降に接種記録が必要になった場合は、自分で自治体の窓口に行って紙の証明書を発行してもらわなくてはならない。  デジタル庁初の大仕事としては、実に尻つぼみの結末になりました。

 

致命的な不具合が発生した「ココア」

 新型コロナ禍の最中に、国はさまざまなコロナ対策のデジタルシステムを立ち上げました。  感染情報を取りまとめる「ハーシス(HER―SYS)」、感染者と接触した可能性を教えてくれる「ココア(COCOA)」、ワクチン接種業務を支援する「ブイシス(V―SYS)」「ワクチン接種記録システム(VRS)」、各病院の状況を把握する「ジーミス(G―MIS)」となんと五つも立ち上げ、かかった費用は合計で約400億円。  中でも感染予防の決め手と鳴り物入りで登場した「ココア」は前評判が高く、ダウンロード数は約4000万件に上ります。  ところが、アンドロイド端末では接触していたのに通知が届かないケースがあるなど致命的な不具合が発生。にもかかわらず4カ月も放置されていました。さらに、国がその理由を調べる過程で、運用を始めた時点で動作確認のテストを行っていなかったことが分かりました。実にお粗末な話です。  政府が約6000人の利用者にアンケートを実施したところ、約6割がメリットがなかったと答え、2割弱が、かえって負担感を感じたと答えています。

“ハーシス地獄”

 そうした不信感からか、普及率は3割にとどまり、感染対策として有効に機能するといわれる、目標の6割には遠く及ばなかった。最終的には廃止されて、13億円の無駄遣いとなりました。  役に立たないならまだマシ。コロナで疲弊している医療現場の医者たちをさらに苦しめるという実害すら生み出したのが、先述の「ハーシス」でした。 「ハーシス」とは、新型コロナ感染者や濃厚接触者の情報を集約し、保健所・自治体・医療機関などで共有するためのシステム。  2020年にスタートしましたが、患者1人の情報入力項目が120から130あり、入力だけで1人30分ほどかかる超大変な代物だったのです。  全国保険医団体連合会の会長で、自身も現役の医者として多くのコロナ患者を診てきた竹田智雄先生は、今でもゾッとすると言います。 「コロナ患者の診療が終わり、診た患者の記録をハーシスに打ち込み終えると、すでに夜が明けている。そこで眠る間も無くまた患者を診るという繰り返し。何度も死ぬかと思いました。まさに、“ハーシス地獄”です」

 

保健所がパンク

 疲弊したのは、医者だけではありません。  医師たちが入力しきれない情報をファックスなどで保健所に送ったため、保健所もパンク状態に。  22年7月28日に、東京都は新規感染者を4万406人と発表しました。都の1日の感染者が4万人を突破したのは初めてで大きなニュースとなりました。その前日は2万9036人でしたから爆発的に患者が増えたことになります。が、その原因を調べたら、ハーシスが不具合を起こし、報告に遅れが出た影響もあることが分かったというお粗末な顛末。  コロナ禍の中で医師や保健所を苦しめた「ハーシス」ですが、現場から吸い上げた大量の情報がどう有効に活用できたのかは、いまだに不明なままです。

50億円もの血税をドブに

 驚くことに、コロナ禍の前から厚生労働省は、「症例情報迅速集積システム(FFHS)」という「ハーシス」と同じようなシステムを研究・開発していました。  09年の新型インフルエンザの大流行で、感染した患者の情報を素早く把握できなかった教訓から、厚労省内の研究班が13年から開発に着手したシステムです。  なんとこれだと、「ハーシス」で1人30分かかる患者情報の入力が、1分で完了する。7年かけて自治体と意見交換しながら工夫に工夫を重ねて改良した結果、短時間での情報収集が可能になっていたのです。  ところが、こんな素晴らしいシステムがあったことを、「ハーシス」の開発を主導した当時の橋本岳・厚労副大臣は知らなかったそうで、「FFHSに必要な機能が備わっていると担当から説明を受けていれば、採用していたかもしれない」と取材に答えていました。  7年もかけて準備し、すぐ使えて便利な「FFHS」があるのに、わざわざ「ハーシス」を立ち上げて医者を疲労困憊(こんぱい)させ、50億円もの血税をドブに捨てた。  しかも、誰も原因を究明しないし責任も取らない。  これが、今の政府による「デジタル化」の現状です。  ちなみに、北海道だけはこの「FFHS」に目をつけ、21年8月から使い始め、データをもとにクラスターが起きた地域へ医師を派遣するなど、大きな成果を得たようです。

 

今度は「マイナ保険証地獄」

 23年5月、新型コロナが「2類相当」から「5類」となり、「ハーシス地獄」から解放された医者を、今度は「マイナ保険証地獄」が襲いました。  政府は、任意である「マイナンバーカード」をみんなに持たせるため、24年12月までに「保険証」を廃止して「マイナ保険証」に一本化することを法制化しました。  これがなぜ「マイナ保険証地獄」になるのかといえば、「保険証」が廃止されると、病院の窓口は、膨大なカードや書類に対応しなくてはならなくなるからです。  ざっと今分かっているものだけでも、「マイナ保険証」、「暗証番号のないマイナ保険証」、マイナ保険証が使えない場合の「被保険者資格申立書」、マイナ保険証を持っていない人の「資格確認書」、システム未整備の場合などに対応する「資格情報のお知らせ」、さらに1年間は既存の「保険証」も受け付けるので、全部で6種類のカードや書類に対応せざるを得なくなる。立憲民主党の試算では、「マイナ保険証」を持たない人に「資格確認書」を発行するだけでも、取得割合が現状維持の場合毎年5億5000万円の負担増になるとのことです。

1000件以上の医療機関が廃業を決定

 1枚の「保険証」を月に1回病院の窓口に出すだけで何の問題もなくスムーズな診療ができるのに、それを廃止して、なぜ膨大なカードや書類に対応しなくてはならないのか。しかも、高齢な医師の中には、デジタル対応できない方もおり、1000件以上の医療機関が廃業を決めました(全国保険医団体連合会調べ)。  さらに、「マイナ保険証」の取扱義務化に反対する医師ら1415人(23年12月時点)が、国を相手取って訴訟を起こしています。  患者も、今までは「保険証」だけで、誰でも、いつでも、どこででも適切な治療が受けられたのに、「保険証」が廃止されると、毎回、前述のような書類やカードの提出を求められます。  しかも、「保険証」なら、更新の時期を忘れていても自動的に手元に送ってきてもらえますが、「マイナ保険証」は、搭載されている「利用者証明用電子証明書」を、最低でも5年に1度は自治体の窓口で更新しなくてはならない。足腰が立たなくなった時、あるいは認知症になった時にはどうすればいいのか、混乱は必至です。

 

省庁職員にも利用されず

「マイナ保険証」は、とにかく不便。昨年4月に6.30%だった利用率は8カ月連続で下がりつづけ、なんと12月には4.29%まで落ちました。しかも、国民だけでなく、総務省の職員の利用率(昨年11月)は6.26%、内閣府や農林水産省など4省庁は5%台、厚生労働省が4.88%、文部科学省や法務省が4%台、外務省が3.77%、防衛省が2.50%。河野太郎・デジタル大臣は、「すべての国家公務員が身分証として使うことをすでに決めていますので、民間にもぜひぜひ、どんどん活用してもらいたいと思っている」と述べていますが、その言葉とは程遠い状況になっています。

1割の人が皮膚にマイクロチップを埋めているスウェーデン

「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」とは、いろいろな情報やサービスをインターネットを通じていち早く利用者に届け、多くの人がその恩恵を受けられるような情報ネットワークのシステムを構築すること。国主導で個人情報を使い、行政も個人も企業も活発に活動ができる情報の高速道路のようなものです。  例えば、1枚のカードが身分証にも保険証にも運転免許証にもなり、さまざまな給付やサービスがすぐに受けられ、買い物から飛行機の予約、家の施錠もすべてカード1枚でできれば、「便利だ」と思う方は多いでしょう。  それを実現させるのが「DX」で、成功しているスウェーデンでは、現金がなくてもカード1枚で、買い物したり、電車に乗ったり、コンサートを見たりと、あらゆることができます。しかも、カードどころか約1割の人は皮膚に米粒くらいのマイクロチップを埋め込み、カードレスで便利なサービスを受けています。  日本も、こうした国を目指し17年に「DX」を成長戦略の柱としています。  実は、スウェーデンも本格的に「DX」宣言をしたのは日本と同じ17年。

日本とスウェーデンの違い

 ただ、日本と大きく違ったのは、すでに2000年ごろから「DX」に欠かせない高速ブロードバンド接続環境づくりに着手し、25年には人口の98%が自宅や職場で1ギガビット/秒(Gbps)の高速ブロードバンド接続を達成するという目標を掲げ、着々と準備してきたこと。  いっぽう日本は、スウェーデンが高速ブロードバンドの環境整備に取り組み始めたのと同じ頃に、「ネットの時代」と大騒ぎして「インターネット博覧会(インパク)」を開催しました。開会式は、沖縄から20世紀最後の日没を放映し、兵庫ではカウントダウン花火大会を開くなど、このお祭り騒ぎになんと110億円の血税を使いました。ところが、国民のほとんどがこのイベントを知らなかったのは、自宅のパソコンから大容量通信のブロードバンド回線にアクセスできる人が当時はごく少数に限られていたから。  結果、見る人もなく大失敗で、日本のデジタルの「黒歴史」としてサイトも削除されました。

デジタル競争力ランキングで日本は32位

 その後、政権が代わるたびに新しいIT戦略が打ち出され、似たようなお祭り騒ぎが繰り返され、血税が使われてきました。  第2次安倍政権では「世界最先端IT国家創造宣言」、岸田政権では「デジタル田園都市国家構想」など大風呂敷を広げまくってきました。  広げる風呂敷が大きくなればなるほど、どんどんデジタル・ガラパゴス化していき、23年の「世界デジタル競争力ランキング」では、スウェーデンが世界第7位なのに対し、日本はなんと32位。ちなみに、韓国が6位、中国が19位。  日本政府はIT戦略を実現するために、国民の理解を得るどころか、そもそもDXがどういうものか知らしめることさえもしてこなかった。  マイナカードを例にとれば、DXを理解してもらってカードを持たせるのではなく、「最大2万円分のマイナポイント」で釣ってDXを進めるという、国の政策としては下の下の策を取ったことで、カードは持ったけど使わないという人がますます増えました。これでは国民の理解も信頼もあったものではありません。

「なんちゃってDX」

 それなのに、いまだに「世界トップクラスのデジタル国家を目指す」などと言っているのですから、妄想にもほどがある! 21年にスタートしたデジタル庁については、日本経済新聞が「会議が多すぎる。もう出たくない」「同じような書類を何度も作っている」などの不満が爆発し、職員が10人近く一斉に退職したと報じています。  しかも、日本のデジタル化の総本山であるはずのデジタル庁が旗を振った「GビズID」(一つのID・パスワードでさまざまな法人向け行政サービスにログインできるサービス)が、システムの不具合で個人情報を漏えいするなどというあり得ないトラブルを引き起こしています。 「DX」そのものを批判するつもりは毛頭ありません。けれど、日本政府が「DX」と言って、国民に無理やりマイナンバーカードを持たせ、血税を使ってやろうとしていることは、「なんちゃってDX」でしかない。DXに関する「環境整備」や「国民の理解」といった土台のないところに、妄想でデジタル国家をつくり上げているだけ。  まさに砂上の楼閣という気がするのは、私だけでしょうか。 荻原博子(おぎわらひろこ) 経済ジャーナリスト。1954年、長野県生まれ。明治大学卒業後、経済事務所勤務を経てフリーの経済ジャーナリストとして独立。家計経済のパイオニアとして活躍。報道番組、情報番組などに多数出演している。『老後の心配はおやめなさい』(新潮新書)など著書多数。近著に『知らないと一生バカを見るマイナカードの大問題』がある。