首都直下地震の被害総額「1001兆円」国家滅亡にも等しい「地獄絵」 仮住まい困難で都民の13人に1人が行き場なし

 

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震度5弱以上の地震、すでに昨年の3倍、なぜ? 倒壊リスクが高い最近の地震の特徴(撮影/写真映像部・馬場岳人)

 首都直下地震が起きた時、経済と資産の被害総額が1001兆円に上るという試算が出た。仮設住宅やみなし仮設不足も浮き彫りに──。AERA 2024年5月20日号より。 【図を見る】どの区が最も困難なのか 東京都内の「仮住まい困難者」はこちら! *  *  *  年間の国家予算の10倍近い金額に上る。  1001兆円──。  首都直下地震が起きた時、復興までの20年間の被害総額だ。土木学会が3月に公表した。 「建物の直接的な被害に加え、交通網の寸断で生産施設が止まり、損失が膨らみました」  今回の報告書を取りまとめた同学会小委員会で委員長を務める、京都大学大学院の藤井聡教授(都市社会工学)は言う。 ■全国各地で失業と貧困  土木学会は土木・建設業の関係者、研究者などで組織される。2018年にも、阪神・淡路大震災(1995年)の復興に関するデータをもとに経済的被害は計778兆円に上るとの推計を公表していた。今回、東日本大震災(11年)のデータを踏まえ、最新の科学技術に基づき約1年半かけて計算し、報告書にまとめた。  1001兆円の内訳は、道路や港湾の被災による経済活動の低迷によるGDP(国内総生産)の損失を示す「経済被害」が954兆円、住宅被害などの「資産被害」が47兆円。  その他、国や自治体の財政的被害として、復興事業費が353兆円かかり、税収が36兆円減少し、財政赤字が計389兆円に上るという。  藤井教授は、国家滅亡にも等しいこの「地獄絵」を真剣に受け止める必要があると語る。 「首都圏の多くの企業は倒産し、失業者と貧困者が溢れ、直接的な被害を受けるのは首都圏です。しかし、経済機構が集中する首都圏の経済産業が甚大な被害を受ければ、そうした企業と関連する各地の企業も連鎖的に倒産し、全国各地に失業と貧困が拡大していくことになります」  今後30年以内に70%の確率で首都圏を襲うとされる「首都直下地震」。地震の規模を示すマグニチュードは7.3。最大震度は7。被害は多岐にわたるが、いま新たな課題として浮き彫りとなっているのが、仮設住宅の不足だ。

 

■13人に1人が「困難者」 「東京だけでおよそ59万世帯、112万人が、都内では、公園や運動場などにつくる『仮設住宅』にも、アパートなど民間の賃貸住宅を借り上げる『みなし仮設』、さらには自分の資金で賃貸住宅の空き家を探しても入ることができなくなります」  こう話すのは、『災害対応と近現代史の交錯』の著書がある、専修大学の佐藤慶一教授(都市防災)だ。  佐藤教授は、国の被害想定や住宅統計データなどを組み合わせ、首都直下地震が起きた際、東京都(島しょ部を除く)でどれくらいの「仮住まい困難者」が生まれるか、都の被害想定や国の統計を用いて試算した。  その結果、最悪の場合、「全半壊・焼失」が都内全体で112万世帯に上った。これに対し、自治体が用意できるプレハブの仮設住宅は4万戸、みなし仮設を含めた賃貸住宅空き家が49万戸で、計53万戸分。全半壊世帯数から利用できる仮住まい数を引くと、59万世帯の住民が、仮設住宅も賃貸住宅も確保できない「仮住まい困難者」になることがわかった。59万世帯を人数に換算すると、約112万人。実に、都民の13人に1人が行き場をなくすことになる。  最も多いのは足立区の18万2千人、次いで江東区と大田区でいずれも15万9千人、世田谷区の15万6千人。こうした場所は、地震の揺れや火災による被害が多い場所だという。  約100年前の関東大震災でも大勢の人が家を失った。当時の東京市の人口約255万人のうち、6割にあたる150万人が家を失い、同市外に避難した人は約100万人に及んだ。ただ当時は、東京に住む人は地方に実家がある人が多く、そこに避難することができた。  しかし今は、地方に「故郷」を持たない人は少なくない。しかも、知らない土地に移り住む「疎開」は、仕事や子育て、地域とのつながりなどの関係で、簡単ではない。かといって仮設住宅やみなし仮設、自力で賃貸空き家に入居するにも限界がある。被災した危険な自宅での生活を余儀なくされる人が膨れ上がるだろうと、佐藤教授は見る。 「住む場所が被災する可能性を知り、自分たちに何ができるか考えることが必要です」

 

 

■適切な財政投資が必要  そして、「仮住まい不足の深刻な状況をイメージすると、住宅被害を軽減することがいかに重要か気づく」と言い、こう説く。 「改めて、自宅の耐震化や、火災になった場合の初期消火のための消火訓練が重要です。分譲マンションの場合は、被災時の修理や建て替えなど合意形成の難しさが指摘されています。まずは、居住者の『連絡リスト』を整えておくことも大切でしょう。自治体は、仮設住宅など今できる対応を確実に運用できる準備に加えて、大量の仮住まい不足に対する追加的な検討や準備が求められると思います」  京都大学大学院の藤井教授も、対策の必要性を強調する。 「事前の対策をしっかり取ることで、首都直下地震の被害を約4割減らすことができます」  具体的には港湾や漁港の耐震強化や、住宅を震度6強から7の揺れでも倒壊しない「新耐震基準」を満たすよう建て替えること。中でも重要だというのが「道路」だ。元日に起きた能登半島地震でも、主要道路が被害を受け、一部地域で外部から救援救護ができない「孤立化」が生まれた。道路が強靱であれば災害による被害は小さく、復旧のスピードも速くなる。とりわけ首都圏は、道路が壊れると経済活動がストップする。高速道路や自動車専用道路といった高規格幹線道路を整備し、無電柱化を進め、橋梁の耐震補強が必要だという。 「こうしたインフラの事前対策に公的支出として21兆円以上かけることで、復興年数を5年ほど縮めることができ、954兆円とされる経済被害のうち369兆円、およそ4割縮小できます」  さらに、21兆円の投資によって既述した計389兆円の財政赤字も、復興費が137兆円、税収の減少が14兆円それぞれ圧縮され、計151兆円の財政効果があると、藤井教授は言う。 「21兆円という数字だけ見ると、そんな巨額な投資はできないと思うかもしれません。しかし、被害総額1001兆円に比べれば、桁が二つも違います」  長い目で見れば、防災投資は費用対効果が高く、国民経済が救われ、財政健全化の効果もあるとして、こう続ける。 「リスクがある社会において、適切な防災投資は財政健全化のために必要。しかも、私たちの命が救われ、職場も街も経済も守られます」 (編集部・野村昌二)