地球を冷やす奇抜な手法、温暖化に気候工学で対抗

化学物質を海に流す。雲に塩水をかける。大気中に反射性粒子をまく。温室効果ガスの排出を抑制するための世界的取り組みがうまくいっていないため、科学者は地球を冷やすために以前は考えられなかった手法に頼っている。

このような地球工学的手法は、環境に手を加えて意図しない結果を招くことを恐れる科学者や規制当局によって、かつてはタブー視されていた。今では研究者たちは、屋外でそうした方法を試すための資金を政府や民間から得ている。

変化の背景には、気候変動により熱波や暴風雨、洪水の壊滅的被害が拡大する中、温室効果ガスの排出削減に向けた取り組みが十分進んでいないとの懸念の高まりがある。このプロジェクトに携わる科学者や企業幹部らは、地球工学は排出削減に取って代わるものではないと話す。それよりも温暖化を数年遅らせ、長期的に炭素排出量ゼロの経済に移行するための時間を稼ぐ方法だ。

 

現在、米国などで三つの実地試験が行われている。

2月、ウイットサンデー諸島に近いオーストラリア北東部沿岸沖の船上で、研究者が塩分を含む混合物を高圧ノズルで空中に散布した。海上にできる低高度の雲を光らせるためだ。科学者は、より巨大で光る雲が太陽光を反射して海面を日陰にし、それによってグレートバリアリーフ周辺の海水温が下がることを期待している。グレートバリアリーフでは海水温の上昇がサンゴの大量死を招いている。

この研究プロジェクト「マリン・クラウド・ブライトニング」は豪サザンクロス大学が率いており、1億豪ドル(約97億3500万円)規模の「サンゴ礁回復・適応プログラム」の一環。資金はオーストラリア政府のサンゴ礁基金とグレートバリアリーフ財団のパートナーシップが拠出し、自然保護団体や複数の学術機関が参加している。

地球を冷やす奇抜な手法、温暖化に気候工学で対抗

地球を冷やす奇抜な手法、温暖化に気候工学で対抗© The Wall Street Journal 提供

イスラエルでは新興企業スターダスト・ソリューションズが、高度約6万フィート(約18キロメートル)の大気中に微小な反射性粒子を大量に散布し、太陽光を遮って地表を冷やす「太陽放射管理(SRM)」という仕組みを実験している。同社最高経営責任者(CEO)でイスラエル原子力委員会の元副主任研究員ヤナイ・イェドバブ氏は、独自開発したこの粒子の成分について明らかにしなかった。

イェドバブ氏によると、スターダストは投資家2組から1500万ドル(約22億5400万円)を調達し、粒子が大気中をどう進むかをシミュレーションするため、白煙を使って低高度で実験を行った。屋内での安全性試験が完了したら、拡散技術を屋外で限定的に試す実験を行い、その後の数カ月間に装置と粒子をモニタリングする意向だ。

 

米マサチューセッツ州では、ウッズホール海洋研究所(WHOI)が今夏、マーサズ・ビンヤード島の10マイル(約16キロメートル)南の海洋に水酸化ナトリウム溶液6000ガロン(約2万3000リットル)を注入することを計画している。制酸薬「タムズ」の巨大な錠剤のように作用して海面の酸性度を下げ、大気中の二酸化炭素(CO2)を20トン吸収し、安全な状態で海中に閉じ込めることを期待している。

「胸焼けがした時にタムズを飲むと、胃の中で溶けて胃液の酸性度が下がる」。プロジェクト責任者のアダム・スバス氏はこう話す。「同様に、このアルカリ性物質を加えることで、海洋酸性化を引き起こさずに海水が取り込むCO2を増やせる。これまでのところ、環境的に安全であることが確認されている」と述べた。

この1000万ドル規模の「海洋アルカリ度強化」プロジェクトは、スバス氏によると、米海洋大気局(NOAA)、二つの慈善団体、および数人の個人が資金提供している。水酸化ナトリウムの放出には米環境保護局(EPA)の承認が必要で、承認が得られたら8月に実施する見通し。

太陽光を反射させて遮ることで大気を冷やそうとする実験は、火山の噴火で起きることを模倣したものだ。1991年にフィリピンのピナツボ火山が噴火した際は、硫黄と火山灰が大気圏上層部に到達し、その後丸1年、地球の気温を摂氏0.5度下げた。

だが数年前までは、多くの科学者が人為的な介入に反対していた。排出削減を巡る厳しい決断を避けることで、意図しない結果を招きかねないとの懸念があった。

これについてデンマークのダン・ヨルゲンセン気候政策担当大臣は、「われわれにできることと、効果があると分かっていることを全てやらない言い訳になりがちだ」と指摘。「自然に干渉し始めれば、われわれには制御も予見もできないような多くの非常にマイナスな結果をもたらすリスクがある」とした上で、介入は必要だが「その方法には細心の注意が要る」と述べた。

 

「SRMをするかしないかの選択ではなく、十分な情報に基づいて決断するか、情報がないまま決断するか、という段階に来ている」とビジョニ氏は語った。

全米科学アカデミーは2021年の論文で、太陽地球工学技術の研究を慎重に行うよう提唱。22年の論文では、CO2を海洋に貯蔵するさまざまな方法を検証した。

ホワイトハウスは23年に出した研究ガイドラインで、反射性粒子を大気中にまいて雲を光らせる技術について、地球を冷やす可能性がある一方、オゾン層を破壊したり、海洋生物や農作物にダメージを与えたり、降雨パターンを変化させたりするなどの未知のリスクを伴うとの見解を示した。

2月にケニアのナイロビで開催される国連環境総会(UNEA)では、SRMのリスクとメリットを検証する決議案について協議する。

今年に入って米国やイスラエル、オーストラリアで実施された実験には、こうした疑問に対処するほか、これらのプロジェクトが地球の温度を下げるための大規模な取り組みの土台になるかどうかについて情報を得る狙いがある。

「もし海塩を大気中に散布したら、という極めて重要な疑問への答えになる」。米フロリダ州立大学のマイケル・ダイヤモンド助教(気象学・環境科学)は、雲を光らせるオーストラリアの実験についてこう語った。「(海塩は)雲に届くのか。上空にとどまるのか。違いが出るほど十分光るのか」

こうした実験段階のプロジェクトを世界規模で本格導入するには国際協力が必要で、費用はおそらく数兆ドルに上る。実現するとしても何年も先だ。

イエール大学ジャクソン国際情勢研究所のジェシカ・セドン上級研究員は、屋外でこうした実験を行うことには政治的なちゅうちょが伴うと話す。「状況によってはこうした実験が必要で、情報的な価値があり、制限すべきだが禁止すべきではないと認めるには、並外れた勇気がいる」