菅前総理の鶴の一声でつくられた「グリーンイノベーション基金」は総額2兆円

国が積み立てた「基金」の残高がとんでもない額になっている。’22年度末の時点で、総額は約16兆6000億円だ。

なぜ、基金の残高はこれほどまで膨らんだのか。こんな大金が使われずにたまっているなら、政府肝いりの「異次元の少子化対策」にあててはどうなのか。そもそも、国の基金は何のためにあるのか。

 

10月31日の参院予算委員会で立憲民主の蓮舫議員は「全ての基金事業を洗い直せば数兆円規模で返納させることができるのではないか」と指摘(PHOTO:共同通信)

10月31日の参院予算委員会で立憲民主の蓮舫議員は「全ての基金事業を洗い直せば数兆円規模で返納させることができるのではないか」と指摘(PHOTO:共同通信)

 

行政改革推進会議や財政制度等審議会の委員などを務める慶応大学経済学部の土居丈朗教授は、次のように説明する。

基金は経済対策などの多年度にわたる事業に使うためにあり、独立行政法人や公益法人など省庁とは別の外郭団体につくられます。 

国の予算は年度内に使い切るのが原則で、たとえば’21年に徴収した税金を’23年まで繰り越して使うことは通常許されていません。では、’23年に使いたい場合はどうするか。’21年に集めた税金を、基金を置く外郭団体に支出し、’21年度内に国から支出したことにするんです。 

外郭団体に基金を置いておくと、その団体がいつ基金から支出しようが、国会の審議を経る必要がありません。極端なことを言えば、何年もため込んでおけて、好きな時に使えるわけです

 

’22年度末の時点で、13府省庁が設置する基金は186基金ある。国のルールでは、10年を超えない範囲で基金の終了年度を明示しなければならないが、約3割が未定だという。

現在のような基金の仕組みが多用され始めたのは、リーマンショックの時です。景気対策で、今より額は小さかったけれども億単位の基金がつくられました。 

コロナ禍以降は、規模ありきの経済対策が繰り返される中で、何十兆円という金額が補正予算で組まれ、巨額の基金が相次いで新設されました。基金も当初予算に計上するのが本来のあり方ですが、実際は査定の甘い補正予算に盛り込まれることがほとんどです。 

186の基金の中には農水省のTPP(環太平洋経済連携協定)対策関連の基金も多少はありますが、金額はせいぜい数百億円。大きいのはやはり経産省の基金で、たとえば菅(義偉)前総理の鶴の一声で’20年度につくられた、脱炭素投資を促す『グリーンイノベーション基金』は総額が2兆円です。こういう金額の大きい基金がコロナ禍に増えました

基金への予算措置は、’19年度以前は数千億円~1兆円だったが、コロナ禍の経済対策事業で’20年度は11兆5000億円と急増。’22年度も10兆6000億円にのぼった。

その結果、’19年度末に約2兆4000億円だった基金残高は、’20年度末に約8兆3000億円、’21年度末に約12兆9000億円に。そして、’22年度末には約16兆6000億円に達している。

コロナ禍に新設された基金事業の募集に“フルーツサンド屋”が殺到

一方、’23年度の補正予算案では歳出総額約13兆円のうち、新たに設けた4つの基金を含む31の基金に対して4兆3000億円を計上。先月11、12日に開かれた外部有識者を入れた政府の「行政事業レビュー」で基金の見直しを求める声が相次いだにもかかわらず、既存の27基金に多額の資金を積み増しした。

岸田文雄首相は11月20日の衆院代表質問で、野党議員の批判に対し「基金事業は真に必要なものに限って計上している」と説明したが、「必要な基金」はどれだけあるのか。

基金にする必要のないものが、けっこう多いんですよ。私は、基金をつくることに賛成ではありませんが、国会で認められてできた以上は、せめて有意義にお金を使ってほしいと思っています。しかし残念ながら、不適切な事業者に補助金を出している例が見受けられます

 

不適切な例が見られた基金事業として土居教授は、経産省が’20年度補正予算で新設した「中小企業等事業再構築促進基金」の事業を挙げる。経産省は独立行政法人の中小企業基盤整備機構にこの基金の運営を依頼したが、業務は再委託先の民間企業が担っている。

コロナ禍を経て業種転換に取り組む中小企業を支援する補助金なんですが、応募してくる事業者の転換後の業種が極めて偏っていたことがありました。

第3回か4回の公募で、フルーツサンド屋の応募が殺到したんです。第8回はサウナで、第10回はシミュレーションゴルフ。裏でコンサルタントが暗躍していて、補助金ビジネスが横行しているのではないかと考えられます。 

基金を持っている独立行政法人ではなく、業務を請け負った民間企業に問題があったわけですが、行政改革推進会議の秋のレビューで検証して、所管省庁としてしっかり監視するよう経産省に提言しました。 

農水省の農業関係の基金も問題視しています。予算をとってあるものの支出先がほとんどなくて、残高が減らない。基金にする必要がなく、取り潰してもいいようなものもあります

 

「中小企業等事業再構築促進事業」への応募に、フルーツサンド屋の開業を目指す事業者が集中。コンサルタントによる補助金ビジネスが横行している可能性も‥‥‥

「中小企業等事業再構築促進事業」への応募に、フルーツサンド屋の開業を目指す事業者が集中。コンサルタントによる補助金ビジネスが横行している可能性も‥‥‥© FRIDAYデジタル

10月31日の参議院予算委員会で、蓮舫議員が「190の基金事業を洗えば、16.6兆円のうち数兆円規模で眠っているお金を国庫に返納させることができる」と指摘した。数兆円と言わず、もっと国庫返納できないのか。

潰す気があれば、できると思いますよ。私の見立てで言えば、財務省はおそらく潰したいはずです。とはいえ、バックに政治家がいるから、露骨に『返せ』とは言わないでしょう。 

現在ある186基金のうち、相当部分は国庫に返納して問題ないと思います。使われず使用見込みもない基金は、返納を求めるべきです

ばらまくことが自分の仕事と思っている政治家

基金は成果目標や事業の終了期限が曖昧なものが少なくなく、これまで5年、10年といった長期間の予算を一気に積んで規模を膨らませるケースが目立っていた。

12月20日に開かれた「デジタル行財政改革会議」の中間報告によると、政府は一度に計上できる予算を3年分程度に見直す。基金ごとに数値目標の設定を義務づけ、予算を追加して事業を続ける必要があるか判断できるようにする。186ある現行の基金事業を新ルールに基づいて’23年度末までに点検し、必要性に乏しい基金の国庫返納も求める考えだという。

3年に1度、本当に必要な基金か検証する。そういう見直し規定をきちんと新ルールに入れるべきではないかと、行政改革推進会議でも提言はしていました

 

政府は12月20日のデジタル行財政改革会議で「一度に計上できる基金の予算を3年程度に見直す」「成果目標や事業の終了期限を公表することを義務づける」などの方針を示したが…(PHOTO:共同通信)

政府は12月20日のデジタル行財政改革会議で「一度に計上できる基金の予算を3年程度に見直す」「成果目標や事業の終了期限を公表することを義務づける」などの方針を示したが…(PHOTO:共同通信)© FRIDAYデジタル

コロナ禍以降に政治主導の規模ありきで新設された基金には、想定通りに使われていないものが多いとの指摘がある。

コロナ禍での基金の新設のほとんどは、政治家が推したものなんです。それも、文科省と経産省の基金が多い。特に経産省は所管している業務が広範で、コロナ後にいろいろリクエストの多い分野なので、メリットのある政治家も少なからずいるわけです

国民の負担はどうなのか。

「’23年度補正予算の7割の財源は国債で賄われます。国債は国の借金です。借金で賄ったお金を基金で蓄えるという、まったくもってナンセンスな構図になっている。 その借金を返済する時には、国民が返済の税金を払うことになります。

基金に投じるお金があるなら、なぜ少子化対策に回さないのかという意見も、当然ありますよね。財政資金が有効に使われないと、それだけ国民の負担は増えます

政府には、基金にあてる予算をコロナ前の水準に戻す考えはないのだろうか。

財務省は一生懸命、永田町に訴えているんですが、これほど物価が上がってもなお、政府はデフレマインドが改まっていないというか、デフレ時代の財政出動に依然として郷愁を持っているというか。 

とにかく、ばらまきたい。物価が上がっていても、ばらまきたい。ばらまくことが自分の仕事と思っている政治家が、いかに多いかということですね

物価高騰を実感してない政治家が、それだけ多いということでもあるだろう。デフレマインドからの脱却が最も必要なのが政治家とは。

良識が通用する予算編成にしてもらわないと国民が困ります

派閥の「裏金問題」で崩壊寸前の今の政権に、期待できることはなさそうだが……。

今回、問題になっている派閥のメンバーの中には、コロナ禍3年間の基金の乱立と無縁ではない議員もいます。基金の新設を推してきた議員が今回の人事刷新で政権や党の要職から外れたことで、ひょっとすると廃止される基金が出てくるかもしれない。’23年度末までに、既存の基金の点検と見直しが徹底して行われることを望みたいところです

土居丈朗(どい・たけろう)慶応大学経済学部教授。1970年生、奈良県生まれ。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。’09年4月から現職。専門は財政学、公共経済学。行政改革推進会議議員、全世代型社会保障構築会議委員、財政制度等審議会委員などを務める。主著に『平成の経済政策はどう決められたか』(中央公論新社)『入門財政学』(日本評論社)など。

取材・文:斉藤さゆり