韓国・ソウルの国会内の事務所で、14日連続のハンガーストライキを行う主要野党・民主党の李在明党首=9月13日 Photo:EPA=JIJI

韓国・ソウルの国会内の事務所で、14日連続のハンガーストライキを行う主要野党・民主党の李在明党首

 

自らの逮捕を回避する

最後の手段としてハンスト

 韓国国会は9月21日、最大野党「共に民主党(以下、民主党)」代表の李在明(イ・ジェミョン)氏の逮捕同意案を可決。李在明氏は絶体絶命の窮地に立たされている。8月31日からハンガーストライキを続けていたが、9月18日、病院に搬送された。

 李在明氏は日本を歴史問題で追い込もうとしたが、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権になって国民は日韓関係の改善に前向きになり、歴史問題に対する民主党の一方的な批判に耳を貸さなくなっている。そのため矛先を福島第一原発の処理水放出問題に転換し、処理水(韓国では「汚染水、核廃水」と主張)が健康や環境に害を及ぼすとして、政府批判を行ってきた。

 

 

 しかし、国民はこれまでも民主党のデマ政治を体験している。狂牛病に感染した疑いのある米国産輸入牛肉の問題で、民主党は科学的な根拠を無視してデマを拡散し、当時の李明博(イ・ミョンバク)政権を追い詰めたが、それが虚偽であることが判明した。今日では、民主党の主導する処理水放出反対集会に参加するのは一部の活動家だけとなっている。

 それ以上に李在明氏自身にとって深刻なのが、同氏が城南(ソンナム)市長時代の不正疑惑や北朝鮮への送金への関与疑惑によって9月18日、2度目の逮捕状が請求されたことだ。検察は12日の事情聴取が最後だと発表しており、逮捕状請求は予見されていた。

 李在明氏のハンストの経緯を見ると、李在明氏は検察が韓国下着大手サンバンウルの北朝鮮への不正送金事件をめぐる事情聴取のため出頭を要求した翌日にハンストを始めており、逮捕状が請求された日に病院に運ばれた。

 李在明氏および民主党は、後述の通り、不逮捕特権の放棄を表明しており、李在明氏の逮捕同意案が可決される可能性があった。

 そのため李在明氏は、これまでの数々の不正行為にも逮捕されないようあらゆる手段を駆使してきた。そして最後の手段として選んだのが断食闘争である。李在明氏は逮捕状請求の国会同意案に民主党が団結して反対するよう、命を懸けて闘争してきた。

 

李在明氏に対する

2つの逮捕容疑

 今回の逮捕容疑は、大きく分けて2つある。

 一つは京畿(キョンギ)道城南市ペクヒョン洞のマンション開発業者に便宜供与を行い、城南市都市開発公社に200億ウォン(約22億円)の損害を与えた疑いである。検察は城南市がペクヒョン洞開発を進めた2014年4月から17年2月、当時市長だった李在明氏が城南市の鄭鎮相(チョン・ジンサン)政策秘書官と組み、用途変更した土地の事業に城南都市開発公社を参加させず、損害を生じさせた背任容疑である。

 二つ目は、サンバンウルに自身の訪朝費用などのため800万ドル(約11億8000万円)を北側に送金させ、肩代わりさせた疑いだ。京畿道知事の時の訪朝費用300万ドル(約4億4000万円)を集中的に追及したという。北朝鮮が核・ミサイル開発に使っていれば、李在明氏が行った行為は北朝鮮への利敵行為である。

 

部下に逮捕者や自殺者が出ても

自分だけは守る

 李在明氏の疑惑に関連して側近から多くの逮捕者が出ており、また、5人が自殺したが、李在明氏自身は一貫して関与を否定している。朝鮮日報も李在明氏が「関係していない」「知らない」と説明したことの多くは真実でないことが明らかになっていると報じている。

 李在明氏は北朝鮮への不正送金をサンバンウルグループに肩代わりさせた疑惑について9日に次いで12日にも取り調べを受けた。

 検察はサンバンウルグループが北朝鮮に不正送金した疑惑のうち、李在明氏が9日に提出した書面陳述書で、訪朝推進に関する質問には「私は知らないことであり、李華泳(イ・ファヨン)が全てしたこと」と回答し、部下に責任を押し付けた。

 しかし、李華泳・元京畿道副知事は裁判の過程で「対北朝鮮送金に関する内容を李在明氏に報告した」と検察に供述したことが明らかになり、これまでの供述を覆した。

 サンバンウルのキム・ソンテ元会長も「李元副知事から『李在明氏に報告した』との話を聞いた」と法廷で証言した。対北朝鮮送金の過程が詳しく記載された国家情報院の文書も押収され、李華泳元副知事はこれ以上否認することは難しいと判断したようである。

 検察は李在明氏が関与しているとみて第三者供賄容疑で立件した。

 

処理水放出の反対運動は

国民レベルの支持を得られず

 断食闘争の表向きの目的である処理水放出への反対に、断食闘争は効果を上げていない。断食闘争を始めてから、むしろ反対集会への参加者は激減しており、結局のところ今の断食闘争は、自身が逮捕されないよう自己防衛を図ることが主眼になってきている。部下が逮捕され、自殺者まで出ても自分の身は守るというのが李在明氏である。

 李在明代表は、自ら処理水放出への反対運動を主導、国会外で集会を重ね、諸外国にその危険性を訴え、自らも断食活動を行ってきた。しかし、場外集会の参加者は最初の8月24日の放出時こそ7000人ほど(注:韓国で大規模集会と言われるのは少なくとも10万人規模)であったが、参加者は徐々に減り、2週間後の前回は約2000人と言われている。

 

 また、水産物市場のにぎわいにも大きな変化はなく、処理水放出反対運動は国民レベルの支持を得ていない。

 それにもかかわらず李在明氏が体力的に限界に近づいても断食闘争にこだわるのはなぜか。李在明氏逮捕の国会同意案を否決するためには、他に道はなくなったからであろう。

 

李在明氏と民主党は

不逮捕特権放棄を表明

 民主党は国会議席(297)のうち167議席と過半数を握っているので、逮捕同意案が否決されるとみるのが順当であった。

 しかし、李在明氏については、城南(ソンナム)市長時代の数々の不正疑惑を巡り、今年2月に検察が国会に逮捕状を請求したが、民主党の反対で同意案は否決された。それについて、国民から不逮捕特権の乱用だとの批判が出ている。また、民主党の有力議員が数十億ウォンの暗号資産を保有していることが明るみに出て党の支持率が下がったことも危機感につながった。

 このため民主党は5月に「革新委員会」を立ち上げ検討した後、議員全員の不逮捕特権の放棄を党の「決議」として採択した。さらに、これを踏まえ、李在明氏自身も不逮捕特権の放棄を表明している。そのため、非李在明系から、逮捕同意案に賛成する議員も出てくるのではないかと懸念されていた。

 李在明氏は、ハンストで自らを限界まで追い込むことで党内の結束を高め、反対票を増やさざるを得なかったとの見方が高まっている。

 

李在明氏の政治活動の

中心は自己防衛

 李在明氏は、不正疑惑の高まりにより大統領選挙で敗北した。それから1年半、李在明氏にとっての政治は「自らの擁護」をいかに勝ち取るかに集中している。

 李在明氏は大統領選敗北から3カ月で国会議員補欠選挙に出馬した。憲政史上例のないことだが、これによって議員不逮捕特権を確保した。

 議員になって2カ月後には党代表選に出馬した。国会での多数党を掌握し、逮捕を避けるための仕組みは整った。そして1年間1日も欠かさず防弾国会(李在明氏逮捕を防ぐための会期続行)を開き続けている。李在明氏は不逮捕特権の放棄を公約したが、逮捕同意案が提出されると、不逮捕特権の陰に隠れた。

 民主党は党代表が起訴されても党代表職を維持し、一・二審で有罪判決を受けても総選挙に出馬できるよう党規約を改正した。

 

逮捕同意案が

賛成多数で可決

 検察は18日、尹錫悦大統領の裁可を得た後、李在明氏の逮捕令状を請求した。国会議員の李在明氏には不逮捕特権があり、会期中に逮捕するには国会の同意が必要となる。逮捕同意案は20日の本会議で報告され、21日に採決された。その結果は149対136(棄権6、無効4)と賛成多数となり可決された。

 民主党は、李在明氏の血圧と血糖値が大幅に低下し、対話もままならず、健康状態が限界に近いとみている。朴賛大(パク・チャンデ)最高委員は記者団に「いつでも李代表にショックが来る可能性のある、非常に危険な状態である」と述べた。医療スタッフは「直ちにハンストを中断」するよう勧告したが、李在明氏はこれを拒否していた。

 逮捕状が請求された同日、19日間の断食中だった、李代表は、健康悪化を理由に病院に搬送された。李代表は国会近くの汝矣島(ヨイド)聖母病院に緊急移送され、応急手当てを受けた後、ソウル中浪区のリハビリ病院・緑色病院に再移送された。

 緑色病院は野党関係者が断食した後、回復のために利用してきたいつもの病院だそうである。先月31日にハンストを始めた李在明氏は、病床で点滴を受けながらも、ハンストを続ける意思を明らかにした。李在明氏の状態については「危険な状況は乗り越えたが、気力は回復していない」という。

 民主党は「残忍な令状請求」だとして、韓悳洙(ハン・ドクス)首相の解任決議案を国会に提出し、内閣総辞職を要求するとともに、国会常任委員会の日程を拒否した。パク・クァンオン院内代表は国会交渉団体代表演説で、尹錫悦政権が「ブレーキのない暴走」を続けていると批判した。韓悳洙首相の解任決議案は国会で可決されたが、尹錫悦大統領がこれを受け入れないものと思われる。

 李在明氏側は、「李代表は政権と闘っているという信念が非常に強く、民主党がどのように戦うか決まらなければ、ハンストを止めることができないようだ」という。

 半面、与党「国民の力」の金起炫(キム・ギヒョン)代表は、最高委員会議で「ハンストを出口とし、内閣総辞職と首相の解任を主張するのは、純粋な意図によるものとは思えない。無理な要求だ」と批判した。

 

李在明氏の断食闘争に

政府・与党は冷めた見方

 李在明氏が断食を続けると表明していることについて、国民の力の姜ミン局(カン・ミングク)首席報道官は「李代表が『唐突なハンスト』をしているのは、検察の捜査を防ぐための防弾用であり、もう一つは(党の)内部団結用ではないか」と述べた。

 李在明氏は不逮捕特権を放棄し、堂々と令状審査を受けると数回表明している。しかし、逮捕同意案の採決が終わるまで断食闘争を続けるのは、国会が同意案を否決するまで待つという心境ではないかと、与党側は疑念を抱いている。

 李在明氏は国会での採決前日の20日、フェイスブックに「検察独裁の暴走機関車を止めてください」と題する原稿10枚分の投稿を行い、党内世論が分裂する中、事実上表明していた不逮捕特権放棄を撤回、「否決」を公式に要請した。

 国会同意案の可決を受け、逮捕状発布の是非を判断する裁判所の令状審査が実施される。

 民主党は党内世論が分かれたことにより、賛成票を投じた議員探しが始まり、党としての結束を保てるか重大な岐路に立たされた。今回の逮捕案の同意により李在明氏がいつ断食を止めるのかも注目される。

 李在明氏は、断食による体力の低下を口実に大庄洞(テジャンドン)・慰礼(ウィレ)新都市開発疑惑を巡る初公判の延期を求め、今月15日を来月6日に延期している。断食活動は自分のためにしているのではないかと皮肉られるゆえんである。

 

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 韓東勲(ハン・ドンフン)法相は、逮捕同意案の採決の日の国会に出席し、李在明氏逮捕の必要性を説明する予定だ。韓東勲法相は、2月27日に李在明氏の大庄洞・城南FC事件逮捕同意案が国会に提出された際にも国会に出席し、その理由を説明していた。

 韓東勲法相は「捜査を受けた被疑者が断食して自害するからといって司法システムが停止する前例が作られてはいけない」「過去にも力がある人たちが罪を犯したのち、処罰を避けようと断食して入院し、車いすに乗る事例が数多くあったが成功しなかった」と述べ、あくまでも李在明氏を逮捕する構えである。

 検察は国会で逮捕同意案が否決されても令状の再請求なく李在明氏を早期に起訴する方針だった。

 李在明氏のこれまでの行いの悪さから、断食闘争をしても、その意図を疑われる。李在明氏の政治的命運は尽きようとしているのか。

(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)