今、ガソリンや日用品、食料品が品薄になっている状況を踏まえ、一人一人が買い溜めをせずに堪えるしかない。
買い溜めに奔ってしまう心理も分からなくないが、買い物をする時に少し考えてもらいたい。
本当に今手にしたもの、カゴにいれたものが必要なのかを。
もしも自分がそこで買わなければもっと切羽詰まっている人にそのものは回るかもしれないと。
自分の家には今日食べるものがないでしょうか?

今我々のモラルが問われているのです。
モラルなんて関係ない。まずは自分の安全が大事だと思うかもしれない。
けど考えてください。今あなたの周りに死体が死に瀕した人達がいるとしたら同じことが言えるでしょうか。
というか今が目に見えなくともそういう状況なのです。
自分の身を守るための行動がどこかで誰かを殺してしまうかもしれない。

人間ってそこまでエゴイスティックに生きられないと私は信じています。

今は国や企業を信じて堪えるしかない。
大地にとって雨は恵みなんだろうけれど、俺たち人間にとってはそんなにうれしいもんではない。
最近は匂いというか雰囲気というかを意識している。
それは人もそうだし周りの空気もそう。
周りの空気のほうがメインで意識しているんだけれど、まだ高校生の頃の空気っていうのは今と全然違った肌触りだったし匂いだった。
実際に何かが変わったわけではないんだろうが、もう今ではあの頃の空気を感じることは出来ない。
ただおぼろげな記憶の中に懐かしさを感じる。

歳を取るっていうことは、そうやって一つひとつ失っていくことなのかと考えてみる。
早く大人になりたいと思ったこともあったが、今はあの時の感覚をなくさず生きていきたいと思う次第。

そんなことを考えながら、オールナイトニッポンを聞いている雨が嫌いな人間でした。
今日は成人式が行われているということで、街中には晴れ着姿の若者が自分が一番イケてると云わんばかりに溢れていた。

成人とは江戸時代でいえば元服に当たる。江戸時代では16歳で一人前の大人と同じ立場に立つわけだ。
今の16歳は高校1年だろうか。中学を出たばかりのまだ幼さを残す少年たちがもう大人と同じ立場に立つことは今では考えられない。
社会が変化していく過程で、16歳で大人と同じに成られては困る何かがあって20歳で成人と呼ぶようになったと思うのだが、果たしてそれは良かったのかどうか。

未成年という概念がある種の盾になってはいないだろうかと私は思うのです。

成人には自分が一人前だという意識を持って節度ある行いをしてもらいたいものです。

江戸時代の元服を終えた少年が今の成人を迎えた若者たちを見てどう思うか。

そんなことを考えてみた今日という日でした。