全くやる気がでない。

そして、なりより自信がない。

働ける気がしない。

朝、起きるのも辛い。体力もない。

期待に応えれるか不安でしかない。

元の生活に戻りたい。そう思ってしまう自分にも

嫌気がさす。


私はいつもキャパオーバーになる。

そうなる近い未来が想像できすぎて辛い。

何もかも上手くいかなくなる気がして怖い。


先走って私がメールしたら

先生からは簡易的な返事で、

無理しないようにブレーキをかけられた気がした。

今がんばるのはそこじゃないよね。

すぐ私は暴走するから。

長年の付き合い。いつもありがとうございます。



まだ見ぬ世界が怖すぎるけど

無理しないでいこう。無理なら辞めればいい。






ハニーミルクラテ。

これを味わうのは決まって、疲れ切ったとき。

そんな自分に、おつかれさま。よくがんばったね。

って気持ちを込めて。

疲れ果ててボロボロになった私は最後の力を振り絞って、タリーズのレジに並ぶ。

これがたまに後悔することもある。

がんばってないのに飲んでいる今がなんか不思議。

そんなことを思いながら久しぶりにメールボックスを開く。

お世話になった先生からのメールだ。

内容は、あの頃のがんばっていた私がそこにいた。

大きな期待が含まれた内容が、

ぼんやり過ごしている今の私にはピンと来ず

数回読んで理解した。

ああ、私こんな生活してる場合じゃなかった。

私を待っている人がいて、私には夢もあったんだ。

そして私がずっと望んでいたチャンスはそこにある。

今ならもっと大きい、大海原で泳げる。

あの時の私が望んでいたことだ。



だけど、この一年で私はあらゆる屈辱を味わい、

弱ってしまった。

大海原に飛び込む自信がない。




あなたなら大丈夫。

そうみんなが言ってくれ、送り出してくれた。

そうか、私いけるかな?


とりあえず、PCを開こう。





昨日、ジェーンスーさんの本を読んで、はっとした。

仕事を辞めるなんて、私にとっては死亡宣告と同じだ。

という表現。

まさに私もこれだった。だから苦しかったのかと

なんだか、すっきりした。

しかも私は、名前を失い、自分の存在がリセットされるような経験をして

その数ヶ月後には、この死亡宣告を受けた、

それは苦しくて仕方ないよ。

そう、自分を慰めれた。

世の中から見たら、幸せそうなことかもしれないし

それを幸せと思う人のことも否定はしない。

だけど、私はとても嫌だった。

だって私、めちゃくちゃ頑張って生きてきたから。

あなたは本当によく頑張ってきたよ。

と本屋で自分で自分を慰めた。


同時にこんなことにへこたれてる場合じゃないとも思った。

私にしかできないことがある。

自分で培ったものを自分で無駄にしてはいけない。

寝る間も惜しんで頑張っていたあの頃の私に失礼だ。

自分のためじゃない。

人のために頑張ってきたのだもの。


あんたは偉いよ。あんたならできるよ。


そう、自分に言ってあげた。