14年で見つけたものは | 綴れり

綴れり

私の頭の中身を拙い言葉で綴ります

最後の投稿から8年。

ふと思い出し、昔のアカウント一覧帳を引っ張り出した。半信半疑でログインしてみたら、ログインできたものだから、驚き。全部読み返してみた。


…。

ひどい。誤字脱字、自己陶酔炸裂ブログ。

ひどく恥ずかしい気持ちになったが、まぁ誰も見てやしないし、まぁいいか。

それにしても、その当時の私と今の私…何も変わっちゃいない。


同じことを今でも言っているし、思っている。

ブログを始めた2010年から14年。たいして何も変わっていない。


ポジティブにとらえるならば、自分にとって大切なことは既に当時から持っていたということかもしれない。



2010年の私へ

2024年の私は36歳です。

私はこの年にして、ADHD・ASD・躁鬱であることがわかりました。薄々はわかっていたことでしたが、拗らせているようです。


ある程度1人で仕事をする技術は身についたけど、人は苦手です。

その技術をこれからも活かすことを考えつつも、疲れています。本当に生きることがしんどい。

自分の中に大きな球があって、今にも爆発しそうなのです。


私が明日死ぬとしたら、一体私は何がやりたいのでしょうか。何をやることが、自分にとっての心地よさになるのかがわかりません。


現状に満足していないのでしょうか?

今に満足していないのでしょうか?

今を十分に生きていないから、常に不足感を感じ、ないものに目を向け過ぎているのでしょうか?


わかりません。

やはり自己陶酔がすぎるのかもしれませんね。


2010年の私も同じモヤモヤを抱えてました。

今だに晴れてはいないのですが、一つだけ言えることは、「晴れてない」と決めるのは私であって他人ではない。自分の中の「晴れ」を自分で決めていいんだよ。ってことです。



そのことに気づくための14年だったのかもしれませんね。いつかは晴れる。そのいつかはきっと来る。



そう信じる勇気を待とうかと、ほんの少し思い始めています。そう思うようになるための14年だったのかもしれませんね。(あれ、どっち?笑)