スーツケースをひきずって駅までの間
すでにずぶ濡れ状態に…
13時羽田発のJAL便10分遅延に。
15時40分那覇空港到着乗り継ぎ
17時30分発宮古空港到着が18時20分
今日は、移動で1日が終った〜。
宿泊のホテルはブリーズベイマリーナに2泊します。夕飯はビアファスで宮古牛のハンバーグ、サラダ、スープ、デザート付き
子ども達が手作りしたものを含め約1000匹の鯉のぼりが気持ちよさそうに大空を泳ぐ姿はとても可愛らしい💖
NHK朝ドラ[純と愛]のロケ地池間島のハート岩は有名ですが、宮古島のうえのドイツ文化村にあるハート岩♥️干潮の時間に合わせて行ったので、見れました。
なかなか可愛い😍
博愛記念館 ドイツ🇩🇪の古城「マルクスブルグ城」をドイツの古城保存協会から許可をいただき見取り図をもとに原寸大で再現し建てられています。
どんなことがあったのか深く調べてみた。
台風で遭難したドイツの商船 R.J. ロベルトソン号からドイツ人6人と中国人2人を無事救出した宮古島の人々。
救出後34日間にわたり負傷者に最善を尽くした治療を施した宮古島の人々。
全員のために食事を作り体力を回復させた宮古島の人々。
救出の次の日も船長の要請をうけて、荒れる海で倒壊寸前の難破船から物資を運んでいた宮古島の人々。
ヘルンツハイム船長や乗組員が体験した宮古島の人々のもてなしは、当時の世界常識から考えると信じられないほど善意に満ちた行為であり、特別の感謝の思いをもって記録に残し、世界に伝わりました。
「宮古島の人々は、他の国では考えられないくらい親切で、代償を求めることなく必要なものを分け与えてくれた」 と、救助された後の待遇がどれほど当時の世界常識では “到底考えられないほどの心温まるもてなし“ であったかが綴られていた。 この記事が、ドイツ皇帝による博愛記念碑贈呈へとつながったそう。
| 海に転がるたくさんの大小さまざまな岩。ここは不思議な世界。日本の渚・100選に認定されている《佐和田の浜》 このたくさんの岩は1771年に島を襲った明和の大津波が運れてきたそうです。 本当に心が和みます。 夕日の写真が美しく撮れるスポットでもあるそうでその姿もこの眼で見てみたいな。 |














