「非常勤講師は使い捨て」 研究現場のリアル
仲間の皆様 「先生の科目が終了することになりましたが、これまで本学の教育にひとかたならぬご協力をいただきましたことに対し、厚く御礼申し上げます」。東京造形大で非常勤講師を務めていただいた松本順子さん(65)は、そのあっさりとした文面を前に、怒りとむなしさで頭がいっぱいになった。2023年2月下旬、次年度の契約はないことを知らせる通知書と、冒頭の言葉が書かれた学長からの書面が届いた。雇い止め経て同じ講義担当 松本さんは大学で、新入生や留学生への日本語表現に関する講義を12年間担当。1年更新の有期雇用契約を繰り返してきた。 13年に施行された改正労働契約法では、労働者は有期契約が5年を超えると、無期雇用に転換できる権利を得る。大学教員など研究職の場合、プロジェクトが長期にわたるとして、特例法で一般労働者より長い10年に設定されている。松本さんは、10年特例の対象者が無期転換権を得る直前の23年3月末、雇い止めされた。 さかのぼって21年、実は松本さんは、科目の取りまとめを担当する専任教員から、「1年間休んで、その後また続けられないか」と打診されていた。●自分は対象者? 改正労契法には、契約と契約の間に6カ月以上の空白期間があると、通算契約期間のカウントがリセットされる「クーリング」という規定がある。ただ、無期転換を逃れるためのクーリングは法の趣旨を逸脱しており、雇用主は訴訟を提起されれば敗訴する可能性があることが学者などから指摘されている。 松本さんは、意図的なクーリングは「受け入れられない」と断った。そもそも学生への日本語教育に携わり研究活動をほぼしておらず、自身が10年特例の対象となる教育研究職なのか疑問もあった。実際に、誰が特例の対象なのかは争点となり、全国の大学の非常勤講師らが訴訟を起こしている。 松本さんは無期転換を求めて、組合を通じて大学側と交渉したり労働局に相談したりしたが、結局23年3月に雇用契約は打ち切られた。 約4カ月後の23年夏、再び専任教員から、24年4月から再び同じ講義を担当しないかとメールがあった。同大はデザインなどを学ぶ美術大学で、ユニークな学生が多く、授業をすること自体は楽しくやりがいがあった。専任教員からその年の末、公募に応募する形をとるように促され、再び非常勤講師として採用された。 松本さんは「大学は、無期転換しない理由を『新しい講師を雇って活性化したいから』と説明した。けれども結局、無期転換逃れのために雇い止めにして、1年で戻すことを想定していたのではと思う」とやるせない気持ちを吐露する。 元々は国語の教員になりたかった。大学在学中、教員採用試験の1次試験に合格したが、当時は倍率が高く、採用にはいたらなかった。奨学金の返済を抱えていたため会社員として働いた後、夫の海外赴任に同行しいったん退職した。 帰国後、日本語教師などとして働いていたが38歳の時、専門性を高めようと一念発起して大学院に進学した。業績を積めば、正規の教員になれると思っていた。「当時はバラ色の未来が待っていると思っていました」。しかし門戸は狭く、複数の大学で日本語教育の非常勤講師を掛け持ちしてきた。●「教育の質低下」 東京造形大学での職がなかった1年間も、他に2つの大学で非常勤講師として働いていたため、経済的に困窮することはなかった。しかし雇用が安定せず先を見通せなかった自身の人生を振り返り、後に続く人たちのことを危惧する。「大学の教育現場を支えている非常勤の教職員は、使い捨てにされている。このままでは成り手がいなくなり、日本の教育の質は低下するでしょう」【中村好見、写真も】「毎日新聞」2025年10月16日付朝刊 引用