遠距離恋愛考察。
遠距離恋愛の辛さっていうのは物凄いものがあって、言葉にするのが難しいなとずっと感じていた。
同じ経験をしたことのある人たちとその話になると、過信ではなく目で通じ合うことすらできる。
あぁこの人は、あの辛さを知っている眼をしている、ってわかるようになる。
どこからが“遠距離”か。
学生時代の友人が、「彼が埼玉に住んでいて自分は神奈川だから、遠距離だし全然会えない」と嘆いていた。
私の感覚だとそれは遠距離恋愛とは言わない。でも、年齢によるだろう。もし自分が小学生だったらそれは途方もない距離かも。
「忙しくて会えない」と「遠いから会えない」というのは、けっきょく会えない辛さがあるという点では同じだと思う。
でも絶対にその質は違う。
遠距離恋愛って、なんかこう、「相手が違う土地に住んでる」って観念に襲われる感覚があって。
「異空間にいる」とでも表せばいいのかな。
その悲しさともどかしさが会えない辛さに拍車をかけて、逆に会えた時の安堵感が、すごい愛のパワーを持つ。
愛する人が異空間にいるというのは身の切られるような思いをする。
極論、愛する人の死というものと遠距離恋愛というものは、こちら側かあちら側かという線引きの違いはあれど
異空間に分かたれた痛みというものの質は、似通うものがあるのではという推測は行き過ぎだろうか。
10年間もこんなことばかり考えているから、頭おかしくなるのかな。笑
恋愛のことはなかなか真剣に論じる場がないから、こうして吐き出してみたりする。