私、細胞診受ける。
もはや脳はおっぱいに支配された私は隙あらば乳癌や病院について検索しまくった。
6月の健康診断は嚢包って言われてるし、触ってもしこりはない、いや!しこりってどんな感じ??鈍感な私でもわかるのか?そんなことがグルグル頭の中で回った。
偶然、最寄駅に乳腺甲状腺科の病院を見つける。
丁度甲状腺の検査をする時期だったので、家族に対する表向きは甲状腺の定期検診(病院変える)、主たる目的は乳癌検査。
仲の良いパートさんに話をすると、本当にそれで良いのか?と何度も言われた。
でも、言えない。母は心配性だし、すでに闘病中の家族がいたのでそんなことは口が裂け
きちんと結果が出てから言えばいいと思った。
お昼休憩にたまたま更衣室には私だけ。予約を取ろうと思いきって病院に電話した。
とっても優しい声の女性は事務的ではなく、来るように促してくれる。
声だけ聞くと若い方?と聞かれ、すかさず「はい!!」と答える私。
今考えると恥ずかしいけど、流れてる小さな虫を両手ですくってくれたような、そんな気分。
そんな訳で、激混み覚悟で2015年11月7日(土)朝7時に家を出て病院に行く。
ディズニーヲタクだったけど、遊び以外の目的でこんなに朝早く出ることはない。
病院について受付を済ます。甚平みたいなのに上だけ着替えて、ロビーでテレビを見ながら待つ。
朝のワイドショーが王様のブランチに変わる。
お昼前にようやく呼ばれた。
触診の後、エコー。その場で細胞診。
痛いのも怖いのも大嫌いで毎年インフルの予防接種だって、やっとこさ受けてる私は、
「大事な検査だから」
「動くと危ないからね」
と先生や看護師さんに言われ、看護師さんに手を握られながら細胞を取られた。
大変なことになったと思った。母に正直に言ってついてきてもらえば良かったと思った。
母と彼氏に連絡して、細胞診したこと・結果は1週間後ということを告げる。
母は「怖い」と言ったが、先生も念のためっていうから大丈夫だよと私も言うけど心の中では「きっとがんだよ」と思わなくもなかった。
とにかくビビりな私は嫁入り前におっぱいに針を刺されるという衝撃な体験をした日でありました![]()
病院に行くまで
私が小学校3年生の時、母が乳がんになった。
父方のおばも乳がんで亡くなった。
母は当時その病院でも、最少記録かもという位の早期発見だったが、20年以上前だったため、乳房4分の1とリンパを摘出している。
父も祖父もがん。私はがんのサラブレットとして生きてきた。
絶対にがんになると言われていたし、絶対になると思っていた。
2015年6月。初めて会社で主婦検診を受けた。
今まで会社内の健康診断は30歳になるまでは、体重、身長、視力、聴力、レントゲン、問診だけ。
血液くらい取ってくれよって思うくらいお粗末なもんだったので、初めてのきちんとした健康診断。
胃カメラも初体験でこれにはびびりまくりだった。
オプションで腫瘍マーカーも受けた。マンモもオプションであったけど、痛いと聞いていた私は怖すぎてエコーだけ受けた。
エコーを受けている最中にどんどん写真を撮られていく。甲状腺のエコーをずっと受けていたのでそれだけは分かる。
くすぐったさを忘れるために技師さんとお喋り。
エコーとマンモのそれぞれ長短の特徴を教えてもらった。
「1年ごとにマンモとエコーを交互に受ける人もいますよ。でもしばらくはきちんと両方受けた方が良いかもしれませんね」と言われたことが妙にひっかかるも、結果は嚢包。
ほっとする。
2015年9月、丁度北斗さんが乳がんになったとニュースで騒いでいた。
10月夢で、夢を見た。私は手術台に乗って左手を上げている。まもなく手術室のまぶしい光に包まれる。
怖かったけど、まさかね。夢だしって感じ。夢占いをネットで検索したりした。
10月末。お風呂でいつものように乳がんチェックをしていた。
たまたま、なぜかその時だけ嚢包をたくさん持つ友達が胸をつまんだり、押すと分泌液がでてくるという話を思い出して、つまんでみたら左乳首から、黄色白の半透明のような液がでてきた。
超びっくり
30も近くなると母乳が出てくるのか!?
お風呂上りすぐにネットで検索すると、血がまじっていない限りは悪性ではない的なことが書いてある。
その友達にも電話で話をすると、大丈夫だよと言われ、友達が医師から聞いたことを教えてもらう。
でもね、夢といい、何だかずっと引っかかってこのあと病院に行くのです。
ここまで打って疲れた~
全部書ききれるのか?私!!
誕生日。
誕生日だったので、ほうとう目当てに、富士山に行ってきました。
山中湖で、遊覧船に乗り、カチカチ山にロープウェイで上り、富士レーダードーム館で、富士山頂の気候を体感し、忍野八海を見て、夕暮れの富士山見ながら温泉に浸かり、ヒーリングの旅になりました。
。。。と、ここまでは順調。
ほうとうを不動にするか、それとも初の小作にするか会議を開き、今回は小作に決定。
そこが、分かれ道になりました。
並ばずに小作に入ることができ、馬刺と茸ほうとうを注文。
四角いいろりを囲むような相席に通されたの。一列5人くらいの。
馬刺しおいしー
と食べてると、私のとなりにお一人様の外人が。
英語のメニューを持ってくるおばさん。
メニュー見る外人(♂)
注文を始める外人。
日頃から度が過ぎる人間観察をする私は何を頼むのか気になって気になって
馬刺しって何って聞く外人に悩むおばさん。私の目の前には馬刺し。
隣で「馬刺しって何て言うのかしら」と小声で繰り返すおばさん。
目の前に馬刺し。
せっかくだから教えてあげたいと思って、「これだよ
」と馬刺しを指差し教えました。
これが大きな分かれ道だった
蛙と蛇は食べたことはあるけど、馬は初めてなんだけど、どんな感じ?と聞かれて「刺身が好きなら大丈夫じゃん?」片言の英語とジェスチャーで返す私。
注文する外人。
次はイナゴの佃煮は何かと聞かれました。
イナゴも佃煮も英語で習わなかったよ
結局、鮑の煮物と馬刺と天重を頼む。
やっと解放されたかと思ったら英語で結構話しかけられました。
「今日六合目まで歩いてきたけど力尽きてヒッチハイクで下山した」とか、「付き合ってどのくらいなの?」とか。
そして問題の馬刺し登場!!
食べ方を教えてあげたけど、イマイチの反応。鮑もイマイチ。
「馬刺しに七味かける?」と言われて、私は「ノー」、相棒は「イエス」。
ちょっとちょっととジェスチャーで伝える相棒、ちょっとだけね!とジェスチャーで答える外人。
ドバッてかかった七味
ドラゴンみたいに火吹くかもね!って外人は言って、醤油も何もつけずに食べました
辛そうにする外人。
そのあとも、僕は1人で3700円だけど君達は2人でいくら?(私たちは4000円だった)とか赤ちゃんみたいな顔だねとか、色々話しかけられ、下ネタジェスチャージョークもされました笑
何故か英語なまりの日本語を話し、頭の中では習った英語の引き出しを開けまくり。。。
バーイと言ってお別れ。
これからの時代本当に英語は大切だと思いました。言ってることはわかっても、返せなくっちゃ意味がない。
脳みそのブラックホールに落ちてしまった英語をどうにか引き出したいと思いました。
そういえば、その外人ブログに書くって言ってたからそのブログ見てみたい。
ほうとうの味はというとよくわからないまま終わったけど、私は不動派かなぁ。
年開けたら食べ直したいな。。。(;_;)
しかし、誕生日に高い言葉の壁にぶち当たりました。
英語は学生時代は苦労しないくらい自信あったのに、今となってはしょぼ~んです。
少しずつ学生の頃の記憶を掘り起こしたいと思います。
