またまた、以前私が地方紙に書いたコラムからちょこっと引用して書きます。
むか~し武田信玄(1521~1573)が「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵」って云う歌を詠んだのね。これは武田節にも歌われています。…結構有名です。他にも信玄の格言はあるんだけど…例えば「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる人の儚さ(はかなさ)」って云う歌ね。(←これ好きだな)
これを基にアレンジしたのか何だか分からないけど、江戸時代後期、米沢藩主の上杉鷹山という人が、家臣のために「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」という歌を教訓として読んだわけさ。何故かこっちの方がご存知の人が多いみたいです。
他にも沢山いいやつが在りますよ。……ちょっと紹介しま~す。
① 堪忍の 袋を常に 首にかけ 破れたら縫え 破れたら縫え (by 徳川家康)
② 器用さと 稽古と好きと そのうちで 好きこそものの 上手なりけれ (by 千利休)
③ 見ればただ 何の苦もなき 水鳥の 足にひまなき 我が思いかな (by水戸光圀)
④ 話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず (by 山本五十六) etc.
このように五七五七七のリズムに乗せて、戒めや物事の教えを伝える短歌を「道歌」って言います。たった31文字の中に何とも味のある奥深い教えが詰まっているんですね。これぞ日本文化っていう感じだね。
私が専門とする礼法研究の分野にも見られますよ。
小笠原惣領家に伝わる道歌の中で象徴的なものとして「不躾(ぶしつけ)は 目に立たぬかは しつけとて 目に立つならば それも不躾」っていうのがあります。意味は、「行儀の悪い人は目に付くけれども、いくら立居振舞が見事にできるからと言って、それが人目を意識して行われる行為であったり、目立つ振舞になったりしては、不躾な行為と同類だよ。」ってことなんだね。もっと砕いた解釈をすれば、パターンに囚われ過ぎず、臨機応変に振る舞う事…『自然体が一番』っていうことなんです。
が、しかし、そこには、しっかりとした基本の立ち居振る舞いが身に付いていることを前提としているわけで、自然体なら何でも有りの世界ではないのね。ここら辺が厳しいところですね。
伝書には、こんな一節が記されています。
「躾さきにありて心につかば これ身の据わりなり…云々」って言う事で、 先ずは、しっかりと基本動作を身に付けなさい。その上で「水は方円の器に従う心なり…」って、フレキシブルな対応を求めているわけさ。
他にも「一遍に凝り固まるは礼に非ず」とか、「時宜(じぎ)よろしきように」や「時宜により人によるべし」とかいう表現が随所に見られるわけね。そこには、作法を忠実に守らせようという「べからず集」的発想ではなく、『無神経さの生む行為こそが大敵である』ってことを伝えているのです。ここんところがとても重要なんだな(…試験に出るぞ)。
現在の生活環境では、あらゆる場面で物事のシステム化が進んでいるけど、いくら素晴らしいシステムやルールを構築しても、それが旨く機能しない、または、機能させられないために起こるトラブルって結構あるわけさ。それを機能させるためのマニュアルを理解して遂行する人間の「気づき」の感度が鈍っているということかね。臨機応変な対応とは、この感度が高まってこそ成立するものなんだな。
基本を理解できていない若者が、バイトテロなんていう不祥事を起こすわけだ。まったく困ったものです。
昭和初期、小笠原伯爵家の家従職(庶務官)にあった、安井正格(まさのり)氏は、当時の次代を担う若者のために膨大な礼法故実の中から時代に合った心得を拾い集めて、また、西洋礼式も含めて覚えやすい道歌として便覧を編纂したのね。その数三百余首に上ります。(機会があったらそのうちいくつか紹介しましょうね)
面白いのはその序文。「我が国伝来の美風も年を逐ふ(おう)て失墜せんとする」って言って、将来を憂いているわけさ。日本の良き風習や伝統文化が年を追うごと薄れ、常識が失われて行くことを懸念しているわけだな。まぁ、「近頃の若いもんは…」ってやつですね。
何時の時代も、年を重ねたじいさん達はそんな事を考えてしまうのですよ。
古代エジプトの書簡にも象形文字で「最近の若い者は…」なんて言うのが書いてあるとかないとか…。
噂だけどね!
