一杯の想い | 山口粧太オフィシャルブログ『東京生活』

一杯の想い


一杯のかけそば

物語の一杯のかけ蕎麦は、大晦日に貧しい母子が亡き夫の好きだった北海亭の蕎麦を食べに来て、店の亭主がそっと多めの蕎麦を茹でるという人情話であるが、時代と場所が違えば内容も変わるもので‥

……
一杯のつけめん

俺の隣の親子は一杯のつけ麺を分け合っていた。
この店では亭主に人情が無くても、大盛りが、小・中盛りと同額で食べられる。
まるであの物語の再現を見ているようで微笑ましい。

いや、微笑ましくない。

若い父親と娘の組み合わせだが、子供は幼子ではない。小6ぐらいで体格はもう大人だ。
2人とも派手なジャージ姿で、物語の様な“貧しき親子の年に1度の楽しみ”にはどうしても見えないのだ。
「2杯頼むより大盛り1杯をシェア?それはお得ね」と賢いお母さんは言うかもしれないが、それを言うなら他にビールとか、せめて安いおつまみとか、もう一品は注文すべきだ。ましてや昼の混雑時なのだ。

男の了見として恥ずかしくないのか。店の亭主に悪いとは思わないのか。

と、これだけならブログで書くこともなかった。と言うのは‥
呆れた事にこの父親、コンビニ袋で覆っちゃいるが、持ち込みの缶ビールをテーブルに載せて堂々と飲んでいたのだ。

 おいおい、それじゃチンピラ以下だぜ。

お嬢さん、お父さんは間違ってる。大人になって真似しちゃダメだよ。

……
番外編
一杯のきしめん

高2の夏休みだった。
1週間のバンド合宿をリーダー鈴木の親名義の無人アパートで決行した。
調理器具が無いのと、当時はコンビニも存在しなかったので、アパート近くのパン屋の菓子パンばかりを食べていた。
日中は鈴木と白浜と春日井がメロディを組み立て、俺がそれに合わせた詩を書き、毎夜スタジオに通った。翌週のコンテスト迄に2曲を仕上げなければならなかったのだ。
かといって本来がアホ軍団なので、スタジオ帰りにビールやウイスキーを買ってきては明け方まで騒いでしまい、結果、蛇口の栓を閉める事なく数日で有り金は殆ど流れてしまった。

4日目の午後。
クーラーの無いアパートではその日の暑さは到底我慢できず、早めにスタジオに出掛けることにした。
太陽は容赦なく照り付けるが、夏バテを知らない高校生達はそんな事より皆、腹が減っていた。

「白浜、いくら持ってる?」と俺が訊くと、「えーと300円」。
「お前は?」と逆に訊かれ、「えーと200円」。
春日井はニヤニヤするだけで下を向いたまま。
リーダー鈴木は、「夕べ酒屋で全部使ったよ」と言いながらセブンスターに火を点けた。

が、業を煮やしたのか急に鈴木が、「今からウチ行って金借りてくるわ」と神の声をあげた。
鈴木んちは金持ちだが、素行がめっちゃ悪い息子に当然親は金を貸し渋るので、あまり期待は出来ない。
が、まあ、残り3日分の資金ぐらいはなんとかするだろう(ごめん鈴木の母ちゃん)。
鈴木は早速、嘘固めの要員として、見た目は優等生の春日井をケッタ(ちゃり)の荷台に乗せ、坂道を走り去った。

♪ ブレーキぜんぜん握らないで~ がっつり~がっつり~下ってく~♪

さて、残された俺と白浜はスタジオにはまだ早いので、しょぼいアーケードの小さな商店街をうろついた。
そばでは猫も日陰を追いかけ移動している。にゃんともならない夏の午後。
とその時、突如鰹節のふんわりとした香りが鼻をくすぐった。
夏虫は花に誘われ、俺達は鰹節に吸い寄せられ‥
そこは、昔ながらのきしめん屋だった。
ガラス越しのおっさんが食べる旨そうなきしめん。その上を踊るたっぷりの鰹節。
しかし‥
お代は350円と貼ってある。嗚呼無情。

「白浜、いくら持ってる?」「えーと300円」。
「お前は?」「えーと200円」

無言の無限ループ。
のちの名曲 “リフレインが叫んでいる” はこれと同じ舞台だったのだろうか。

「白浜」
「えーと300円」

「いや、入るぞ」
「え」

暖簾をくぐると、すぐにおばちゃんが冷たい水とおしぼりを持ってきた。

「きしめん1杯と、こいつはどんぶり飯を1杯だけ」 合計は450円だ。
「お客さん、きしめんとご飯を1個ずつでええの?」
「うん、余分にお椀をふたつ。セパレートするんで」
「セントルイス?」

おばちゃんは3回聞き直したが、ようやく納得したのか厨房に引っ込んだ。
冷たいビールを飲みたいところだが、飲酒を通報されたくないし、それ以前に金が無い。
なので水で喉を潤し、クーラーの冷気をTシャツの襟からパタパタと取り込んだ。
するとそんな俺達を見ていたおばちゃんが今度は麦茶を持って現れ、

「あんたら学生?」
「うん、高2」
「じゃ、沢山食べんといかんがね」
「金が無い」

事情を話すと、「まったく困ったもんだわぁ」と笑いながらおばちゃんは再び厨房に下がっていった。
TVでは夏の甲子園で名電校が負けた事を知らせていた。

しばらくの間、小さなラジカセで夕べのスタジオ録音の出来を夢中で聞いていると、それを遮るよう二人の前にきしめんが下りてきた。こぼれるくらいの大盛りの一杯のきしめんが。

「すっげー」「表面張力」と騒ぐ俺達に、
「こっちも大盛りにしといたでね」

そう言いながらおばちゃんは、てんこ盛りのどんぶり飯を、ふたつ置いた。

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高校時代の俺(左)と白浜