真夏のGoodJob | 山口粧太オフィシャルブログ『東京生活』

真夏のGoodJob


ある先輩俳優の昔話(エンケンさんだったかなあ)。
泥酔した先輩は、歌舞伎町のポン引きの巧みな話術に乗せられ、薄暗い怪しい店へと誘い込まれてしまった。
小瓶のビールを飲み干す頃、寒すぎるエアコンに酔いが醒め、ようやく事の事態に気が付いた。
 
 俺、カモか?ヤバいなあ‥

先輩は勘定を済ます為、ボーイを呼んだ。陰気なホスト風の兄ちゃんが伝票を持って現れた。
「4万8千円になります」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
と、大概の旦那衆はこう返すのだが、先輩は出来が違った。
いつも持ち合わせている黒い手帳を胸ポケットから鷲掴みに取り出し、大袈裟に振り回しながら、
「警察だ!全員動くなあ!」と怒声を吐いた(もちろんただの手帳)。
ズバンと立ち上がった先輩は、「動くなよ、罪が重くなるぞ」と言いながら、店外へと足を進め‥
そのままダッシュして逃げたらしい(これじゃ逆に食い逃げだが)。

……
ある夕方の渋谷の出来事。
事務所を出た俺は知人に電話を掛け、晩メシの約束を取り付けた。偶然知人も渋谷でウロついていたのだ。
「この辺で生ビールでも引っかけながら待つわ」と俺は電話を切り、渋谷タワレコ横にある、飲み屋が数件集まったビルの看板を見上げた。

「居酒屋の御利用はいかがですか?」
繁華街では当たり前に見る、呼び込みの兄ちゃんに早速声を掛けられた。
シカトを決め込んだのだが、兄ちゃんの次の言葉に思わず応えてしまった。
「今日、店長休みなんすよ。なのでお安くできるんす」
「そうなの」
「1200円の飲み放題がですね‥」兄ちゃんがノリノリで切り出してきた。しかしさすがに居酒屋での食事は考えてないので、
「いやあ、待ち合わせ程度だからまた今度にするわ。ビール1、2杯しか飲まないし」
と、俺はその場を離れようとした。すると‥
「なるほど。それなら1時間600円で結構です!」と言うではないか。
どうぞどうぞと背中を押され、あっと言う間に階段を登らされてしまった。もちろん、カモとは気づかずに。

呼び込みの兄ちゃんが同僚のガングロ兄ちゃんにコソコソと伝達しているが、俺は気にせず「生あ!」と元気に注文をした。
席に案内され煙草に火を付けた。そして最初の煙を吐き出す前に、霜のたっぷり付いた冷たい生が運ばれてきた。

ジョッキを持ち上げる。
一気に流し込む。
「クワ~ッ‥」 お約束の雄叫び。
「フー」 深呼吸と10秒間の静寂。
これを芭蕉なら何と読むだろう。
 
 タワレコの音と染み込む生ビール

季語すらねえや。_(._.)_
俺は改めて生をチビチビと楽しみ、読みかけの本を拡げた。

10分程が過ぎた頃、知人が到着した。
知人は俺と同じ生を注文し、客も少ないせいか、やはり素早く生がテーブルに運ばれてきた。
「おつかれさん」
大して仕事もしていない2人だが、とりあえず乾杯をした。
1杯目の俺のジョッキがちょうど空になったので店員を呼ぶと、さっきのガングロが近寄ってきた。
「飲み放題は他に何があるの?」と俺が訊くと、
「いろいろございますが、飲み放題にされますと、料理2品をお願いしております」
「どういう事?そんな事全然言ってなかったよ」
「左様でございますか。注意しておきます」
「で、料理は別料金なの?」
「左様でございます」
「下の兄ちゃんは600円ポッキリだって‥」
「説明不足で申し訳ありません」
「じゃあ要は、1時間の飲み放題は600円だけど、別に料理を2品注文しろと」
「左様でございます」
「ふーん、一人一品ね」
「いえ、お一人様2品でございます」
「え、じゃあ二人で4品?」
「左様でございます」
「そうなんですか‥」と、公園通りを歩くシマウマの学生さんならそう答えるかもしれないが、相手が悪かった。
4品と聞いた途端にブッ!と吹き出した俺たちは、

「詐欺じゃん」
「は」
「はじゃねえよ。左様でございます だろ」
「え」
「えじゃねえよ。左様でございます 詐欺でございます だろ」
「は」
「これが最近のやり方か。上からそんな風に仕込まれてんだ」
「…」
「下手な小細工だなあ」
「…」
「聞いてる?」
「…」
ガングロがしょんぼりしてしまった。ちょっと予想外。

「考えてみなよ。こんな事されたらさ、2度とこの店に来る気しないよ。そう思わない?」
「‥はあ」
「お兄さんだって、将来自分で店やりたいと思ってるなら判るでしょ」
「バイトなんす‥、飲食はやらないと思います」
「バイト? あそう。もういいや、単品でもう1杯ちょうだい」
「あの」
「だから飲み放題じゃなくて、単品で伝票に追加しとけよ」
「こちらのミスなので、1杯分サービス致します」
「え」
「以後気をつけますんで」
「…」
なんか俺が悪人に思えてきた。嫌なヤツなのか?俺。
詫びとか礼とかをするつもりはまるで無いのだが、

 あーあ、なんか世知辛いなあ‥

ガングロに煙草銭でもと思い、2杯目を飲み終えた俺たちは席を立ち、レジへと向かった。
 
 1200円だから2000円を支払い、釣りの800円を渡せばいいか‥

が、が、

「1983円でございます」
笑顔を取り戻したガングロが、おくびもなく言った。
「あれ、1200円じゃないんだ」
「お通し代は別になっておりまして」
「‥左様ですか」

アッパレ。GoodJob!
予定の800円は17円になったので、決めていた去り際の捨て台詞は変更しました(もちろんアドリブ)。
「釣りは煙草でも買って」→「釣りは‥結構です」
はは。あ~あ。

外のポン引きは、次の獲物と格闘していた。
渋谷の太陽は沈んだが、弱肉強食のジャングルの温度は、決して下がらない。

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獲物の俺。しょんぼりと御苑で飲むのがお似合いかも。カモだけに。