のぞみの夜 | 山口粧太オフィシャルブログ『東京生活』

のぞみの夜

「ではみなさん、昔の写真をですね、安全ピンで胸のあたりに付けてください」

今では学校の先生になったケンちゃんが、壁に貼ってある学級名簿を左から右に眺めたあと、マイクを持ってみんなに指示を出しました。
この夜は、中学校の同窓会でした。
100人も集まったので、会場はきらきらとしていました。
からすうりのあかりはありませんが、そこはまるで、お祭りのようでした。
写真を胸に付けたのは、会うのがみんな、30年ぶりだったからです。
あちらこちらで、笑い声と、話し声が聞こえてきました。

「どなたでしたっけ」
「ミナミだよ。あだ名はミーチュン」
「あら、変わってないんだねえ」
「変わっていないなら、すぐに判るはずじゃないか」
「それもそうだね。やっぱり、変わったんだねえ」
「30年だよ。銀河ステーションにだって行ける時間さ」

つぎつぎと挨拶をする人の顔を見ながら、みんなが記憶の百科事典を開きました。
それでも思い出せないのと、懐かしいのと、照れくさいのとで、おおぜいの人たちが、壁に貼ってある名簿の前に集まりました。
名簿には中学校の時の写真が付いてあるので、すぐに誰かが判るし、思い出せるからです。

チバさんはいる。とか、チハルくんは来てない。とか、みんな、ようやく恥ずかしさが和らいでくると、どこからか 「ヤマグチくん」 と僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきました。
そちらに顔をむけますと、同級生よりは年長の女性が、お酒の入ったコップを両手で丁寧に持って、こちらを見ていました。
その女性は、3年生の時に担任をされていた、カトウ先生でした。

「先生、ご無沙汰多しております。お元気でしたか」
「お久しぶり。私は定年退職をして、今は長唄を子供たちに教えています」
「それは結構な事です。ところで、御伺いしたい事を思い出しました」
「何でしょう」
「進路指導の時、美術の道へ進む事を勧めて下さいましたね。何故だったのでしょうか」
「美術のマツノ先生の御提案でした。あなたに良い環境で芸術を続けてもらいたかったのでしょう」
「やはりそうでしたか。しかし僕の描いたものは、全て嘘だったのですよ」
「嘘」
「マツノ先生が喜びそうな絵を描いていたのです。ただそれだけでした」
「それでも、あなたが描いた作品であることに、ちがいがないのでは」
「それはそうです。ただ、僕は心で舌を出していました」
「なるほど。それで旭丘高校の美術科の推薦を断ったのですね」
「そうです。それにあれほどのエリート校に入ってしまったら、勉強が不出来で不真面目な僕は、息苦しくて3日と持たないとも思いましたし」
「だから昭和高校を望んだのですか」
「うちから一番近いし、好きな自転車で通えるし、毎日バスに乗って遠い高校へ行くのは嫌だったし、それに先生たちは」
「私たちは」
「何でもないです」
「高校では絵を描いたのですか」
「いいえ。未練がましいので、さっぱりとやめてしまいました」
「やめてしまった」
「高1の夏休みの前に、美術部の部室を覗いたのですが、部員はデッサンをきちんと基礎から勉強している様子でしたので、これはもう遠くかなわないなあと思い、踏ん切りがついたのです」
「本当は描きたかった」
「そうかもしれません。子供の頃は、大人になったら映画の看板屋さんになりたかったですし」
「ごめんなさい。30年前は私は20歳代だったので、あなたの声が聞こえなかったのですね。もしあの時、40歳代でしたら、拾えたかもしれません、あなたの声」
「責めているのではありません。むしろ、感謝しているのです」
「どうして」
「筆を置くことで、役者になる道を見つけましたから」
「そう」
「はい」
「・・そう」
「はい。大変ですが」
カトウ先生が、やっと笑いました。
先生の手が、白くて細いことに、僕は初めて気が付きました。


同じバスケット部だったオゼキ君が、お酒を注いでくれました。
すると、ウカイ君がやってきました。
ウカイ君はまじめな人ので、冗談をいつも本気にしていました。
「あれはうそだよ」 と言うと 「ばっかやろう、信じたじゃないか」 といつでも騙されていました。
それがおもしろいので、オゼキ君と僕は、毎日ウカイ君をからかっていました。
この夜も僕が 「ウカイ君は、陸上部だったよね」 と言うと 「ばっかやろう。きみたちと同じバスケット部じゃないか」 と言うのでオゼキ君が 「うそつき」 とウカイ君をたたく真似をすると、ウカイ君は 「君たちは、ちっとも変わってないな」 と泣き笑いをしました。3人とも大声で笑いました。

オゼキ君が 「Uさんはどうしてるのかな」 とウカイ君に訊きました。
Uさんは、誰とも話さない女の子でした。先生とも話しませんでした。授業中でも話しませんでした。
とうとう3年間、一度も話しませんでした。
毎日、小走りで登校して、小走りで下校していました。
女子が話しかけても、僕とオゼキ君がからかっても、いつも地面ばかり見つめていました。

「卒業してまもなく、自殺したみたいだ」 ウカイ君が言いました。


のぞみ号の小さな四角い窓から、マジェランの星雲が見えました。
天の川のすぐ横を、汽車が走っていました。
汽車の窓から、カムパネルラが手を振っていました。
カムパネルラのとなりには、Uさんがいました。
Uさんは、天上への切符を持っていました。
そして、Uさんの声が聞こえてきました。

「今夜は楽しかったね」

のぞみ号は、あの汽車と同じ青いビロードの椅子だし、こんなに早く走れるのだから、すぐに追いつけるのだから、ほんとうのさいわいを見つけに、少しだけ遠回りをすればいいのにと思いました。
けれども、のぞみはどんどんスピードをあげて、三角標も見えなくなって、とうとう東京に行ってしまいました。

小さいけれど、遠く遠くで、Uさんの笑い声が聞こえるのに。

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誕生日のメッセージ、テレビ見たよのメッセージ、ありがとうございました。
ついでに言いますと、「相棒」は来週の出演のようです。
もひとつ言いますと、私は前半の1シーンだけですので、トイレに行かれますと直ぐに過ぎてしまいます。

今夜の東京は冷たい雨です。
どうぞ、風邪などひかれぬよう。