綴ってみることにした。


ブログを書かなくなってから、というか、忙しくて書く気にもならなかったけど、


娘の運動会、息子の体育祭が終わり、


忙しいながらも平穏で幸せな毎日を過ごせているな、と気付く。




そして、息子の体育祭の応援をしながら、


若いっていいな・・と、初めて思った。




年齢を重ねてきたからこそ、


経験を積んできたからこそ、


物事の対処や、感じ方が楽にできるようになったので、


年を重ねるのも悪くないな、と、ずっと思ってきたのだ。




でも、思い切り走り、叫び、無邪気に喜ぶ中学生の姿が羨ましくも思えた。


もうすっかり、応援のみをする側・・


当然か・・・あはは。




自分の中学生の頃を、まだ鮮明に懐古できるけど、


案外、人生なんて、あっという間かもしれない。




厳しい このご時世で、老後を生きていくのは大変かもしれないけど、


気持ちだけは、元気に、快楽主義で、


時には本能のままに行動するのも良いかな。




息子のクラスにイケメン男子を発見したんだぜ~。


茶髪のヤンキーだけど、超カワイイ顔した男子が。



帰宅した息子に聞いたら、


「あいつが、この間、お母さんに話をした○○だよ」って。


最近、時々仲良く話をするらしい。



「チャらいけど、優しいんだよ。」って、息子。


仕草を見てれば、何となくわかった。


知り合いの保護者に、きちんと挨拶をしていた。




「学校には来てるけど、何故か授業中はいないんだ。保健室にいる」と、息子。



あ~、私も高校時代に、そんな日々があったな、と思い出す・・・


自分の中の何かが窮屈で、適当に行動したい時期があった。



我が子には、そんな事は言えないけど・・www


今風に言うと、チャラ子だったのかも。



人は外見と、今現在だけで判断してはいけないな。


息子が、友達の中身を見れる人間になってくれていたことに 


少し安心したのでした。。







午後から雨の予報が信じられないほど、午前中は晴天。


今日は母の命日。


予定通り お墓へ・・・


白いタオルで お墓を拭き、お線香をあげた後、蜂が飛んできた。


何となく 母のような気がして怖くなかった。


不思議。。。




帰ろうとした時、母と一緒に働いていて親しくしていた友人の方とバッタリ。


お花とお線香とお水を持っていた。


母の命日だからと、わざわざ足を運んで下さったのだ。




「お姉ちゃんは来てると思ったわ」 と、


墓前で30分位、2人で母の話をした。


あっという間の1年だったね・・と、涙を流しながら・・・




家にも、病院にも何度も母のお見舞いに来て下さり、


葬儀の時は、顔をくちゃくちゃにして泣いていたほど、


母と親しくしていた方なので、母もさぞかし嬉しいだろう。




昨年の5月10日に、日付が変わってから、


母の左手は妹、右手は私がずっと握っていた。


前日も一睡もしていなかったので、母の手を握りながら眠ってしまい、


看護師さんが様子を見に来ると、ハッと起きる妹と私。


久し振りに 親子3人で眠っていた時間・・・


最後の3人の時間だった・・・




看護師さんに、「もう息が弱いです」 と言われてから、数分後の


午前3時20分、母の心臓が止まった・・


私は体の力が一気に抜けていくのを感じた。




母の人生が、


母と共に精一杯生きてきた日々が、


終わったんだ・・終わっちゃったんだ・・と・・・



でも、苦しまずに、眠るように息を引き取った母の姿に安心もした。




1番最初に駆け付けたのは、


数時間前まで病室に居てくれた母の姉である伯母だった。


伯母は涙を流しながら、


「娘2人に看取ってもらって良かったね」 と、母の頭を撫でていた。


まるで・・お姉ちゃんが、妹を寝かしつけているかのようだった・・




それから、続々と叔母や夫、いとこ達・・


揃ったところで、早朝、医師に死亡確認をしてもらった。


それから、自宅で仮通夜、通夜、葬儀と、忙しい3日間・・・





この1年、365日、


300日以上は、母を思い出して、母に会いたくて、1人で泣いたなぁ・・



表面的には元気でも、大人になった私でも、


母の死は、私にとって 大きな心のダメージだった。



でも この1年、


1年かけて、自分の心を整えてきた。


もう、「昨年の母は・・・今頃は・・・」と、思い出すことも


吐き出すことも もう無い。


「昨年の母」 は、この世に居ないのだから・・




これからは、沢山の人を幸せな気持ちに出来るような、


そんな人になりたい。 


母のように・・・




明日から また新たな気持ちで v(^-^)v




読んで下さった皆様、ありがとうございました (´∀`)





母の一周忌法要が無事に終わった。



埼玉、千葉、と、遠方から足を運んでくれた いとこ達、


体調が悪い中、法要だけでも・・と出席してくれた従兄、


沢山の身内に囲まれ、支えられながら法要が営まれたことに


本当に感謝し、精一杯のおもてなしをさせてもらった。


母の娘として、長女として恥ずかしくないように・・・





楽しく賑やかな、食事会になり、


最後は孫達で、締めの挨拶が出来た (´∀`)





母もきっと、喜んでくれただろう。





でも、一周忌法要は済んだけれど、私の中では まだ終わっていない。


昨年の母は、まだ生きていたから。




ちょうど、GWが明けた頃、母は言葉を発しなくなり、


生死を彷徨い始めたのだ。




今日のお墓参りの時、従兄が


「白い布かタオルでお墓を掃除すると、亡くなった人も白くキレイになるんだよ」


と、教えてくれた。




幸い、母の命日の日は、役員の仕事の予定もなく、


というか、ずっと予定が入らないことを祈ってきたので 空けてある。




今日は、仕切る役目に徹するだろうと思っていたので、


母の命日は、墓前で、心から慈しみ、感謝し、


再び、冥福を祈る日だと決めている。




私は、心の何処かで、この日を待っていたような気もする。




区切りの1年は、もうすぐ・・・


ここに吐き出すことも あと僅か・・・


白いタオルを持って、5月10日に・・・。








母の一周忌法要を明日に控え、


お仏壇の引き出しにしまっておいた母からの遺言状の手紙を再び読んだ。




気が引き締まると同時に、


昨年読んだ時の心情より余裕があるので、


文章の中に、心温まる、熱くもなる、今の私なら理解できる言葉が心に沁みた。




「貴女達が居たから ママは幸福でした」




母は 私と妹の為だけに、頑張って働いて育ててくれた訳ではないんだ、


と思った。



私達が居たから頑張れたんだ。



社会に揉まれながら生きている母親でないと、


そういう表現は、なかなかしないかも・・と、思った。


好きな美容師の仕事とはいえ、楽しいことばかりではない。


1日中、立ちっぱなしで、体が悲鳴を上げる時もある。




そんな時、私と妹の存在に癒されていてくれたんだな・・と思った。


そういえば、子供の頃は母に叱られた記憶がない。


仕事から帰宅すると、疲れている表情の中に


いつも笑顔があった。


当時の母の顔を思い出した。






母が旅立ってから、私は子供達の存在に救われた。


母の葬儀が終わってから数週間は、


娘は学校から帰宅すると、ソファーに座っている私を抱きしめてくれた。


娘の心遣いにジーンと目頭が熱くなる毎日だった。




子供達が居たから、


早く日常生活の中に笑顔を取り戻すことが出来たのかもしれない。




「貴女達がいたから ママは幸福でした」 


単純だけど、心から愛されていたことが伝わってくる言葉。




今は、心から理解出来る素敵な言葉。


うんうん、と無意識に頷いてしまう言葉。


ジーンと幸福感に浸る言葉です。







学校では、しっかり者の娘。


責任ある仕事、頼られることが大好きで、


やりがいがある!と言う娘。


役員の仕事に憂鬱感を抱えている私とは違う (^▽^;)




娘の担任の先生は昨年と同じ。


その先生に絶大な信頼を得ている娘の母親だからと、


役員の仕事の依頼の電話がかかってきて 役員を引き受けることになった。


来年辺りで検討していたけど・・・(>_<)




先日の個人面談でも、


娘を育てている お母さんだから信頼しています。と・・・(+_+)


娘の母親であることをプレシャーに感じる事になるとは・・・(*_*)


学校で頑張り過ぎだよ~・・・娘 (^o^;)




午後に行われる 常置委員会で実行委員長になってもやるしかない。


憂鬱になっていても、やるしかないので、責任感に変えよう。





4月26日。 昨年も いい日ではなかった。


母の血圧が下がっているので、危篤状態だと、朝 電話が入り


病院に着くと、鼻から酸素チューブを装着していた母。




医師が来て、「この3日間が山だと思っていて下さい」 と言われ、


親戚・母の友人達に連絡し、3日間、妹と病院に泊まった。




娘は叔母が預かってくれ、登下校の送り迎え、


下校帰りに病院に連れて来てくれた。


そして、また叔母の家に泊まる・・という日々を送る娘。


叔母は、息子のお弁当まで作って届けてくれていた。


私は昼に1度自宅に帰り、シャワーを浴びて、息子と夫の夕飯の支度をし、


3時間以内で病院に戻る。



夫と子供達は、私の我がままを 理解・黙認してくれてきた。




続々と、身内・母のご友人達が面会に来て、病室に入りきれない時間もあった。


母のご友人達は、意識の無い母の手を握り、沢山話しかけていた。


何も出来ないけど、傍にいたい・いてあげたい、という皆さんの気持ちが


嬉しくもあり、心強かった。



多くの人が母の傍に居てくれたお陰か、奇跡が起きた。


3日目の夕方から、血圧が上昇し、


酸素も自力で取り入れられている数値になった。



4日目の朝、母が目を開けたので、


「おはよう」 と言うと、私の顔を見て 「おはよう」 が返ってきた。



医師や看護師も驚いていた。


母のことを 「応援団が多いから通じたのね~」 と、数人の看護師さんが言った。




それから3日間、母は沢山話が出来るようになり、


最後に、「生きる力」 を見せてくれたような気がした


母の生命力の強さに 誰もが驚き、そして喜んだ。


意味不明な母のお喋りも楽しもう、会話できれば何でもいい、と思えて笑えた。




また危篤状態に落ちる時が必ず来るけど、


今のこの時間を大事にしようと、私と妹は交代で泊まり続け、


母との会話を楽しんだ。




全てが つい最近のことのよう・・・





昨年とは打って変わって、今年は母親業に専念だな。


前向きに 発想の転換・転換 p(^-^)q  







今年のお誕生日は、昨年とはまた違う幸せを感じた日だった (´∀`)


昨日は家族にお祝いしてもらい、


夫、息子、娘から それぞれプレゼント プレゼント


子供達が自分のお小遣いで買ってくれたプレゼントがとても嬉しかった。





今朝、登校前に姪っ子からデコメが届き、


妹、先輩、後輩、いとこ、親友、友人、知人達からも


デコメ、お祝いメールを頂き、とっても嬉しかった (´∀`)


心から感謝です。




親友にサプライズでお祝いしてもらい、笑顔でお誕生日を過ごせた v(^-^)v





昨年のお誕生日は、土曜日だったので、母の付き添いで病室に泊まった。


お誕生日を母と2人で過ごすのは、何十年振りだったのだろう・・


妹が生まれるまでの3年間だけだったかもしれない。




夜は母の意識が はっきりしていたので少し会話もできた。


お誕生日の記念に、看護師さんに写真を撮ってもらった。


母と2ショットの写真・・・




あれから1年・・・


昨日のことのように蘇える。




深夜、何度か私の名前を呼んだので、話しかけると、


驚いたような顔をして、また眠る母。


きっと、平日の深夜も私の名前を呼んでいるのだろう、と、


切なくもなり、申し訳ない気持ちにもなった。




病室から見える綺麗な夜景を見ながら、


時間が止まればいいのに・・と、1人泣いたお誕生日。




悲しみだけの涙じゃない。


母と最後にお誕生日を迎えられ、過ごすことができ、


「おめでとう」の言葉をもらったことが嬉しかったのだ。


生んでくれたこと、育ててくれたことを心から感謝した日なのだ。


母の娘として この世に生を受けたことを 一段と幸せに感じた日なのだ。


眠るのが勿体無いとさえ 思った日だった。





昨年のお誕生日は、生涯忘れることが出来ない お誕生日。


貴重で大切なお誕生日。




今日は、お仏壇の前で、昨年と同じ位の感謝の気持ちを込めた。










忙しい時には、色々重なるもので、


娘のクラスの役員を任されることになった (^_^;)



母が他界してからノンビリ休養していたので、


今年は、様々な責務を果たせということなのか・・・




それにしても疲れが取れない (>_<)


役員になって、憂鬱になっていたところに


タイミング良く、親友から電話。




「お互いに忙しいね」 と励まし合い、会う約束をした。


先月も会ったけど、明後日は私のお誕生日♪




家族では埋められない、


友達が与えてくれる癒しや、元気もある。




「月曜に備えて、土日は怪我したり、体調崩さないように無事に過ごそうね」って・・


老人みたいな会話で 爆笑。




溜まり気味のストレスを スカッと発散したい!!

 





多忙だった この2週間。


千葉の友人家族が遊びに来てくれたので、八景島で楽しみ、


思い立ったように、乳癌・子宮癌検診に、歯科通い、


妹の引越しの片付けに通った春休み。


日曜は、ホッと一息、穏やかに桜見物が出来た 桜




新学期が始まってからは、小学校のお世話役の仕事で


登下校の付き添い、学校に行く毎日。


今日はその合間に、母の美容師仲間の方達と7人で、母のお墓参り。




待ち合わせ場所に早く着いた妹から 「もう先生達来てるよ」と、


メールが入り、待ち合わせ時間に間に合うものの、


待たせていることに慌て、最寄り駅に着き、


エスカレーターを駆け下りた。




その先には5段位の短い階段が見えた。


勢いよく、そのままジャ~ンプ!


その安易な思いつきで痛い目に・・・




ドテーーーーン!



転んだ・・・(>_<)



やっぱり慌てるのは危険 (´_`。)



疲労と、歳のせいかな・・・(^_^;)





2~3人、老人らしき人が歩行していたけど、何事もなかったかのように


それでも小走りで改札に向かう。


美容師の先生方に挨拶をした後、


両膝がズキズキ痛み、転んだことを暴露~。


楽しく会話していた間は、痛みは忘れていた(^O^)





帰宅し、新1年生のお迎に また小学校へ・・・


また両膝がズキズキ痛み、恐る恐る見たら・・




大きな青アザが・・・(+_+)




幸い、多忙の日々は今日で少し一段落。


派手に転んだのは、体を休めなさい、というサインなのかな。




明日は心身共に、ノンビリ、ゆったりの1日に ♪






ここ3年ほど、お彼岸に祖父母のお墓参りに行っていなかったので、


祖父母のお墓参りに足を運んだ。




誰かお参りしたようで、お花とお茶と、伯父の好きなお酒が供えてあった。




いつも優しい笑顔で迎えてくれていた祖母の顔が浮かんできて、


祖母に会えたような気がした。




母の頼もしい兄である伯父と、祖父母が天国で一緒なら


母は幸せだろうし、大丈夫。




春休みは、叔母のお墓参りへ・・・








昨日は家族でお墓参り。


妹の新居が決まったことと、昨日は夫のお誕生日だったので


元気に年を重ねることが出来たことを報告。


お墓参りは、何故か心が落ち着く。。





午後からは4ヶ月振りの美容院。


今回はカット&パーマ。


まだ指名はしないので、若いイケメンのお兄さんが担当してくれた。




几帳面な性格なのか、両サイドの長さのバランスを考えながら


カットしていたけど、なるべく見ないように目をつぶる・・


母にカットしてもらっていたこと、


母のカットしている姿を思い出して瞳が潤んでくるから・・




そこは何センチ、そこは切らないで、とわがままな注文をしていた自分をも


思い出して、目頭が熱くなるから・・・


気に入らなかったら、自分で直すからいいや~位に考えて


お任せしていたけど、


母だったら とっくに終わっていたのになぁ・・


ハサミの動き、ロットを巻く早さが違うなぁ・・と、


母の技術の良さを改めて感じる。


というか、美容院に通うようになって知ったのだ。




美容師の国家試験での実技をトップで通過した実績を持つ母。


皇太子美智子妃殿下の美容担当の経験を持つ母を 改めて尊敬する。





雑誌も見ないで、


半分寝た振り状態の私の髪をすすいでくれた笑顔の素敵なお兄さんが


「午前中は何処かへ行かれたんですか?」 と聞いてきた。




眠いと思われたのかな・・やっぱり・・(^o^;)




お彼岸なのでお墓参りに行ったことを伝えると、


「お彼岸かぁ!午前中は異様に空いていたのでどうしたんだろうと思っていたんですよ~」と。


午後から急に混雑してきたのは、世の中の皆さんもお墓参りだったのかも。





それにしても・・美容院はまだまだ慣れないな・・・


母の幻でも見れたらいいけど (´∀`)




美容師の母は 私の誇り。