2022年のアカデミー賞授賞式において、俳優ウィル=スミスが司会者を平手打ちする事件があった。ウィル=スミスの妻、ジェイダが髪を丸刈りにしていることを、司会者が冗談のネタにしたからだ。
 妻ジェイダは髪の脱毛に悩まされており、そのため丸刈りにしていたのだが、司会者はその丸刈りを兵士っぽいと冗談のネタにした。そこで、ウィル=スミスは怒って司会者を思い切り平手打ちした、ということだ。
 ニュースの画像では、司会者の頭部にはかなりの動揺が見られ、ビンタというよりパンチに近い衝撃だったようにも見える。その後もウィル=スミスは壇上に向かって罵しり続けた。
 ウィル=スミスはその後謝罪し、アカデミーを退会した。

 この事件について、色々な感想や意見がニュースやSNSで交わされた。
・許されない暴力だ
・妻への侮辱に立ち向かったことは称賛する
・別の方法で抗議できなかったのか
・脱毛に悩むジェイダを冗談のネタにするなんて
・ジェイダの脱毛を司会者が知っていたのかが問題だ
・大物を冗談のネタにするというのは健全なことだ
などなど、ふんふん。どれにも共感できる部分は大なり小なりある。
 私がジェイダであったら、こう思うだろう。

「自分への侮辱があった場合、それに怒ってくれる夫がいることは嬉しい。でもあの場で勝手に暴れてほしくはない。自分は脱毛を公表はしているが、誰もが知っているわけじゃないだろうし、知らなかったのなら、私は悲しいがキツ目のジョークはこの場の恒例だ。でもどちらにせよこれは私の問題なのに、私の意志を確認せずに暴れたりしないでほしいな。まぁ、私への侮辱だと思って怒ってくれたのは嬉しいけどね。」

 でも、僕はこれらの意見に触れながら、実際の事件の是非とは全然別のことを考えていた。
 壮年性脱毛(ハゲ)の男が人前でからかわれ、それを見た妻が、からかった奴を平手打ちしたとしたら?
 
 今回の実際の事件においては、ウィル=スミスの行動は、
「配偶者への侮辱に敢然と立ち向かった」(ぶっ叩くのはやりすぎにしても)
という捉えられ方も多く見られる。ウィル=スミスが妻を守ろうとした、とか、妻に対する侮蔑への反撃、という、いわば一種信念を持っての行動という受け取られ方をしているのだ。(もちろんそうでない意見もあるが)
 しかし、逆に、夫がからかわれ、妻が相手を平手打ちした場合、「信念を持って」というよりも、「妻が感情を押さえられず衝動的に行動に出た」、という受け取られ方が結構出てくるのではないかと思う。ヒステリー女、というわけだ。そんな気がしないだろうか。
 もちろん、実際はウィル=スミスの場合も感情的になってやってしまったのだろうと私は思うのだが、あくまで、同じ行動をした場合でも、男女が違うことでそのイメージが変わってくるんじゃないかな、という想像である。
 さらに、夫については、「自分では反撃できず、女にかばわれる情けない男」といった反応もあるに違いない。
 今回の事件に対する世間の反応の中には、やはり「敵を打ちのめすのは男の役割、男はやる(時に暴力)ときにはやらなきゃ」、という空気を感じるものがあり、ついこのような想像をしてしまう。
 これは私のうがった想像に過ぎないだろうか。私が世間の反応に対して思い込みをしてしまっているのだろうか。

 また、今回の実際の事件では、これをきっかけに、女性の頭髪の脱毛の悩みについて大きく語られた。
 普段話題にしにくい悩み、悲しみが語られ、共感を得た。素晴らしいことだと思う。脱毛に悩む人の中には、その悩みが公に語られたというだけで慰められた人も多いだろう。
 そう、脱毛は辛く悲しい。命にはかかわらないとは言われるが、自分の体の一部が脱落していき、誰から見ても明らかに変わっていくのは辛い。鏡を見るのも、過去の写真を見るのも辛い。アイデンティティーを徐々に喪失してしまう。

 では、男が壮年性脱毛(ハゲ)のケースを考えてみよう。男がハゲをからかわれたところ、その妻が突然、相手の体が傾くほどの平手打ちをし、公共の電波で呪いの言葉をまくしたてるのだ。
 「ハゲをからかわれたくらいで、なんだ」、という意見が出てくるだろう。必ず出てくる。男のハゲはからかわれて当たり前、というのが世間の雰囲気だ。
 そう、男の壮年性脱毛(ハゲ)は、笑いのネタなのだ。そんなの常識だ。ハゲをからかわれて本気で怒ったり悲しんだりする男がいたら、輪をかけてバカにされるだろう。
 しかし、頭髪の脱毛が悲しいのは、男でも、壮年性の場合でも同じだ。先に上げた脱毛が悲しい理由は、この場合でも何も変わらない。自分の体の一部が脱落していき、誰から見ても明らかに変わっていく。アイデンティティーを徐々に喪失してしまう。
 男にとっても髪の毛は大切だ。日々目にする男性用育毛剤の広告には莫大な金がかかっていると思われるが、それでも商売になるのを見てもわかる。サムソンは髪を切られて力を失ない、奴隷となったのだ。
 こんなことを言うと、男らしくないと思われてしまうのだろうが、脱毛は悲しい。それを笑いものにされることは、もっと悲しいことだ。

 「ハゲは欧米ではカッコいいんだから気にするな」、とかいう慰めをされることもあるが、そのようなことは、欧米での建前だろう。仮に欧米ではそうでも、現実の生活ではバカにされる。
 壮年のタレント、木村拓哉や吉川晃司、さらには郷ひろみは年をとってもカッコいいと言われ、私も同意するが、ハゲていたらそうはいかないことは誰にでもわかる。
 ブルース=ウィリスや竹中直人などハゲた俳優の例を無理やり持ち出さなくてもいい。彼らは別にハゲていることを評価されているわけではないのだ。ハゲについては、「独特の存在感」といった微妙な表現になる。
 ハゲなんて大したことじゃない、という慰めも意味をなさない。実際にバカにされているからだ。
 それに、女性が男性を選ぶときに、男がハゲているかどうかは選択に影響するだろう。つまり、男性が子孫を残せるかどうかにも関わってくる、生命の根源に関わる大問題といえるのだ。

 深い悩みを伴う身体的欠陥(と言ってしまおう)をバカにすることは、私も気づかずにやってしまうことはあるかもしれないが、反省すべきことだ。そこからハゲを除外する理由はない。女であれ、男であれ、脱毛をバカにするべきではない。特に壮年性脱毛の場合、回復することはまずないのだ。
 ただ、言葉狩りみたいなことをしたいわけではない。ハゲを「毛根の不自由な方」「帽子が似合う人」と言い換えても同じだ。
 お互いが対等だったり信頼関係があればいいんだろうとは思う。例えば友人同士で
「おい、ハゲ」
「何だよ、お前、目が見えないくせに知ったかぶりしやがって。」
「触れば判んだよ。」
「お前が触ってるのは肩だっつーの」
「頭だって同じだろ」
と、笑いあえるような関係ならいいんじゃないか。。

 それにしてもなぁ~、顔から下は金をかけても脱毛するのに、頭の場合は金をかけても生やしたい。生えるものならね。

 そんな私のスマホにも時々脱毛の広告が表示されるのだが、ケンカ売ってんのかな?抜いた毛を頭に付け替えられるんなら別ですけどね!おっと、だいぶ話がずれた。

 で、話を戻すと、夫のハゲをバカにされ、怒った妻が相手をぶん殴ったら?「夫の尊厳を守った素晴らしい妻」となるだろうか。いや、むしろ「侮辱かどうかを決めるのは本人なのに、妻が勝手に怒った」「たかがハゲをからかわれたくらいで」「妻に守られている情けないハゲ」という、男女ともにマイナスな評価が多く出てくるだろう。

 今回、ウィル=スミスのふるまいついての様々な反応を見ていると、こういったことが浮かび上がってくる。あくまで想像をベースにしているので、単なる考えすぎかもしれませんけど。
 私は否定的になりすぎているだろうか。

 以上、ハゲた男がからかわれ、女が平手打ちをしたら・・・、という話は終わりだ。 

 現実のあの事件に戻ると、確かにジェイダをうらやましいと思う部分はある。侮辱を受けた時に怒ってくれるパートナー、素敵だ。まあ、実際はあんなふうに暴れられても困るが、怒ってくれることについては嬉しいだろう。
 
 さらに、司会者の側にも立ってみよう。もし、司会者がジェイダの脱毛を知らず、単に丸刈りのジェイダを兵士のようだと言ったのであれば、司会者は突然平手打ちされたことに対して大きな屈辱を感じただろう。あの場では普通のジョークを仕事の一環で言っただけなのに、ウィル=スミスという自分にはとてもかなわない大物に突然叩きのめされ、その様子が世界公開されたのだ。
 私が司会者の妻なら、ウィル=スミスに怒りを感じるだろう。真面目に仕事をしていた夫がいきなりぶっ叩かれたのだ。
 司会者の受けた屈辱をそそぐため、あそこに司会者の妻とかが飛び出してきて、ウィル=スミスを蹴り上げてやればもっと面白かったのに、とも思う。そこにジェイダも加われば、もうドリフのコント状態。
 ただ、司会者がジェイダの脱毛を知っていてネタにしたのであれば、私は味方をしない。

 

 

 

 最後にもう一つ、全然別の話だ。
 今回の事件の経緯として、私が可能性が大きいと思っているシナリオを挙げる。
 以下想像。
 
 近年、ジェイダは脱毛により激しいストレスに襲われ、家庭においてウィルはそのとばっちりを受けていた。 支えても支えきれない、受け入れきれない妻の激しい怒り、悲嘆を日々ぶつけられ、それを妻に叩き返すわけにもいかず、ウィルは疲れ切っていた。そこへ、妻の怒りをさらに燃え上がらせるような司会者の発言だ。
「なんてことを言ってくれるんだ」
帰宅後に噴き出すであろう妻の激しい怒りを予測し、恐怖に駆られ、パニックに陥ったウィル。ため込んでいたストレスは一気に司会者に対しての怒りになり、恐怖と怒りに我を失って暴力となった。
 実際の映像を見ると、彼は普通ではなかった。瞬間的にカッとなったと言うより、しばらくの間、何かに頭を占領されていたようだ。ある程度の時間をかけて壇上に歩み寄り、戸惑う相手を見据えて暴行している。

 もし、単にカッとなったのであれば、考え直す時間が十分にあっただろう。しかし、彼は何かに駆られるようにやった。その後も妻の方を見ることもなく怒鳴り続けている。妻への愛ゆえにやったのであれば、妻を気遣ったり、あるいは誇らしげな顔を向けたりするのではないだろうか。

 ウィルはその後、時間をおいて、先ほどと同一人物とは思えない真摯な謝罪(弁護士などの助言は当然あっただろうが)を行った。
 こういった一連の行動を見ると、ウィルに単なる怒り以外のものがあったのではないかという気がするのだ。

 これ本当に想像。違ったらごめんね、ジェイダ、ウィル。
 それとも、ウィルから「わかってくれたのはキミだけだ」と友達申請とか届くかな。
 ってゆーか、こんなブログ見ないな。

 おわり