7月3日(水) はれ
若松は八幡と共に近代日本に貢献した地で、ここを半島だと言う市
民はいない。響灘と洞海湾に挟まれ、東西に延びた地に山が横たわ
っている。いつもはマイフィールドの権現山から若松を見ているが、
今回は若松からマイフィールドを見てみようと思い、若松在住のHO
サブに現地案内をお願いした。
ルート 高塔山-仏舎利塔-高塔霊園-健康坂-石峰山-牧場分岐
-弥勒山-石峰山登山口
同伴者 HOサブ、CAT (二名)
↓ 高塔山はアジサイで知られているが、まだ咲き残っていた。展望台
からの眺望は抜群で言葉を無くす・・・。いつもは権現山から見る
若戸大橋もすぐ側だ。虚空蔵菩薩を祀るお堂がある。河童封じの地
蔵として伝説があるが、地元出身の作家・火野葦平「石と釘」に紹
介されているのでここでは省く。
↓ 高塔山公園で少し遊び、階段を登り仏舎利塔から縦走を開始する。
↓ HOサブに土地の色々な話を聞きながら高塔霊園まで来た。洞海湾の
奥にマイフィールドの山々を見る。この先林間に入るので景色はこ
こで途切れる。
↓ ヤブツバキなどの雑木の尾根に歩き易い登山道がつづく。鞍部へ一
旦下り、そこから石峰山(若松最高峰302m)を直線的に登り返す。
この坂を健康坂と呼んでいる様で、二人は言葉少なげに黙々と登る。
↓ 登り詰めると尾根は緩やかになる。そこに登山者が積んだケルン
があり、北九州市五市合併前の若松市の石柱がひっそりと起つて
いた。(余談だが、北九州市五市合併に当り、今日発行される一
万円券の渋沢栄一の尽力があったと言う)
↓ 石峰山山頂に大きな電波塔が二つ建っている。30年前と変わって
いないが、当時は展望が良く芝生に覆われた山だったと記憶して
いたが、周辺んは樹に囲まれて楽しみにしていた見晴らしは無か
った・・・。
↓ 南側に一部見晴らしが利く所にベンチがあった。そこからマイフィ
ールドの権現山が手に取る様に見えていた。
昼には少し早かったが食事休憩を取った。ここまで誰とも会わなか
ったが、中年の男性一人が休憩していた。夏日の暑い日で汗を掻い
ていたが、南風がありシャツの汗はすぐに乾いた。
↓ 弥勒山(194)へ高度を下げながら雑木林の山道を下る。やけに
石仏やお堂が目にとまる・・・。地の人の信仰の深さが伺えた。
↓ コンクリートの立派な休憩所があった。HOサブがここから海が
見えると走ったが、笹薮に遮られて海は見えなかった。響灘が
近くに見えるはずなのだが残念だった・・・。
↓ 何を祀っているのだろう石仏が多い。雑木林を抜けるとキレイ
な竹林道に出た。こんな所にはキヌガサダケなど、キノコをよ
く見るのだが見当たらなかった。
↓ 車が通る林道に出た。ここは行き止まりで、牧場が有り名物の
若松牛を放牧しているとHOサブが言ったが、私有地で入れなか
った。牧場入口に大きな楽器と思われる物が物置の隅に置いて
あった。どでかい楽器だった・・・。牧場口から下へくだる。
↓ 広い林道を下るとウバユリがたくさん咲いていた。また竹林道に
入る。竹林の多い山だと思ったが、大半は私有地の様だった。
↓ 弥勒山の入口に来た。HOサブが藪道だと言っていたが、藪がひ
どければ引き返そうと入って行く・・・。だがそこは合馬のタケ
ノコの竹林の様によく整備されていた。やがて分岐に出てから弥
勒山は近かった。
↓ 弥勒山山頂(194) 弥勒菩薩でも鎮座してるかと思ったが、何も
無い広場だった。これも戦時の跡かと思ったが、山頂はキレイに
してあった。
↓ 弥勒山で今日の縦走はおわり! 車道に出て車を配置した所へ
行き、起点の高塔山に車を取に戻った。
雨上がりの蒸し暑い山歩きだったが、南からの風が有りバカ汗(;'∀')を
掻かずにすんだ。HOサブと高塔山で別れて家路に着いた。
HOサブお疲れ様でした。ナイスガイドで無駄な道を歩く事なく、若松の
山を縦走する事ができました。ありがとうございました。
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帰宅が14時と早く、シャワーで汗を流しビールを飲んで昼寝。(^ω^)
梅雨の中休みか、少し曇りの日が続くようだ。雨が降らねばどこか低
山でも登りたい。