その壹

 

千石撫子、14歳。6月3日生まれ。ふたご座。B型。

身長153cm、体重38㎏プラスマイナス。

右利き。視力、左右ともに2.0。両親健在。

お小遣い、月に1200円。公立七百一中学校、2年2組所属。出席番号28番。

好きな食べ物。ハンバーグ、焼きそば。

好きな漫画。80年代。好きなゲーム、レトロ。

好きな音楽、フォークソング。好きな色、紫。

好きなお兄ちゃん、暦お兄ちゃん。好きな人、阿良々木暦。

 

知らない人が今の撫子を見たら、どう思うんだろうね。

神社の床下でこそこそとしているだなんて、泥棒だとでも思うのかな。

 

そうかな。

 

んー…でもそうじゃない人もいっぱいいると思うけれど。

 

暦お兄ちゃんは吸血鬼だといいます。

しかしその、吸血鬼故の回復力というのは、こうしてみる限り、まったくと言っていいほど発揮されていないようでした。

 

そっか、そうだっけ?

だよね、そうなんだよね。

撫子だった。撫子が悪いんだった。言い訳の余地なく、情状酌量の余地なく、

撫子が悪いんだった。

じゃあ、ちゃんと戦わないと。

 

うらやましい。本当は撫子がその位置にいたかった。暦お兄ちゃんの隣にいたかった。

パートナーでいたかった。なのにどうして撫子は、私は、暦お兄ちゃんと敵対しているのでしょうか?

 

暦お兄ちゃんなんて大嫌いだよ!!!

 

いやいや本当…どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。どうして…

 

話は千年前に遡ります。…さ、遡りすぎ?ですよね、ふへへ…

遡るのは、せいぜい撫子が自分の経験として喋れる範囲、つまりくちなわさんと出会ったその日までにしておきます。

その日の日付は10月31日、火曜日のことでした。

朝はいつも憂鬱なのです。もっと具体的に言うと、通学路はいつも憂鬱なのです。憂鬱でない通学路などありません。あの日以来…あの6月以来。

 

だ、大丈夫…?

ど、どうして…どうして、撫子の名前…

どうして撫子の名前…知ってる…の?

は…?

忍野…

も、物語…?

あれ…?

 

なぜか不思議なことに、そんな話し込んでいたつもりはないのに、気が付けば結構時間が過ぎてしまっていたのです。

なんというか、まるで時間を盗まれたかのように。

 

さておき、学校に到着しました。アライバルです。

扇さんとの交通事故は、撫子を遅刻させることはありませんでした。

気のせい、だったのかな…

ええ、そうなんですよね。それが現在の2年2組の有様でした。

つまりは憂鬱な学校生活です。誰のせいかと言われれば、別段誰のせいでもないんですけれど、強いてそんな事態を招いた原因となる人物を無記名の投票で一人選ぶとするなら、満場一致であの詐欺師さん、貝木泥舟さんということになるのだと思います。

当確でーす。…あ、いえ、知り合いみたいに言っていますけれど撫子はその人に会ったことはありません。

ただ、知り合い以上です。関わり方としては、超重要人物、VIPといっていいでしょう。

だって、撫子の人生はその人のせいで大きくズレてしまったのですから。外れてしまい、崩れてしまったのですから。

ああ…こういうのが被害者じみた物言いということになるのかな…いけないいけない!訂正します。

ズレたのは撫子の周囲です。外れたのも、崩れたのも、周囲であり、撫子ではないです。

 

6月のことです。貝木さんはこの街の中学生をターゲットにしました。

不特定多数の中学生に、インチキなおまじないを販売するという詐欺でした。

お金そのものは、大した金額でははっきり言ってありません。

貝木流、薄利多売の商売でした。行き過ぎた子ももちろんいて、それが問題になって、ファイアーシスターズが動いたのですけれども。

しかし、それから月日が経過してみると、本当に問題になったのは、お小遣いで何とかなる範囲の、問題視するほどではない大半の詐欺の方でした。

要するに、クラス内で、誰が誰のことを好きか、誰が誰のことを嫌いか、誰が誰のことをどう思っているか、誰が誰のことをどうしたいか、というそういう個人情報の枠さえ超えた、みんなへの思いみたいなものがすべて露見してしまったのです。

まあ、その後どういうことになるか大体わかりますよね。

そして、ただのありふれた偶然なのですけれど、貝木さんが売り物にしたおまじないが、どうしてなのか撫子のクラスでは大流行してしまったのです。

その結果が、今の憂鬱な学校生活です。ギスギスして、もやもやして、誰も本心からの会話のできない、上辺だけが平和なクラス。

ううん、そうじゃなくて…ちがくって…

う、うん!ないよ。

原因?

身に覚え…ないけど…

夜…?

えと…しの、忍さんは、怪異を食べるんだよね。じゃあ、撫子が見た白い蛇も食べるの?

じゃあ…夜…

うん、わかった。じゃあ、夜10時に…楽しみにしてるね。

えっと…

ちがうの!そうじゃなくて…ごめんなさい。

ごめんなさい、暦お兄ちゃん。

大丈夫、大丈夫だから。と、とにかく夜に。え、えと…10時、だよね。

テレカ切れるから!わー、音鳴ってるー。すごく音鳴ってる。ピーピー言ってるー!

あ…そういえば扇さんのこと暦お兄ちゃんに聞くの忘れてたな…でも、本当に何なんだろう、この現象…

 

不思議です。怪異にはそれにふさわしい理由がある。だけど今回もまた、撫子には思い当たる節は全くないのですから。

だ、誰…?

な、撫子は…撫子は、ここまでのことはしてないよ。

へ、蛇…

こっち…

な、なに?謝ればいいの?謝ってほしいの?償うって何?撫子は…撫子は、何をすればいいの?

な、撫子はそんな…

お願い…?

無理な相談だと思いました。けれど、断る方がより無理でした。

わ、わかった…

撫子は言います。耳をふさぎながら、目を伏せながら、撫子は言います。

ちょ、ちょっとだけだからね…

だけど、思えばこの時には、すでにこの物語の結末は決まっていたのでしょう。

もしもこの時に、くちなわさんが撫子にやらせようとしていること知っていたとしても、くちなわさんが撫子をどうするつもりか知っていたとしても、真実と真実を知っていたとしても、やっぱり撫子は同じようにうなずいたでしょうから。運命は変わらなかったと思います。

そういった物語は物語でしかなく、暦お兄ちゃんと殺しあう未来は、刻一刻と近づいています。