仕事と戯れ言と小説の日々

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「おい、睦月離れとけ」


「うん」


神無月は睦月が距離を置いたのを見計らい、右腕を前に突きだし、手を翳した。

すると、右腕の周りに黒い霧が漂った。


黒い霧は神無月の掌の前で漂うと、170を越える神無月の背丈より大きな楕円形に成り代わった。


神無月は伸ばした右腕を楕円形の中に入れ、その中で掌を握ったり開いたりした。


何度かそれを繰り返していたが、「ん?」と眉根を寄せた。


そして一度腕を抜き、だるそうに呟いた。


「あーだめだ、わかんねぇ…睦月!」


神無月が睦月のほうを省み、その名を口にした。


「何~?」


「あれやれ、鏡。見えないとやりにきぃんだよ、これ」


それくらい出来るだろ、と首を左右に倒して関節を鳴らした。


「えー…」


睦月は若干不服そうに口を尖らせた。


「それくらいやれ」


「分かったよー…」


渋々睦月は頭を掻きながら、答えた。


「どの辺に作ればいい?」


「その辺」


神無月が黒い楕円形の隣を指差した。


「はいはい」


「適当に返事すんな」


「分かったよー」


睦月は神無月の隣に立ち、まだ短い右腕を伸ばした。

スッと目を細めると、睦月の掌の前に、淡い金色の光が集結する。


次第に集結した光の粒が大きくなり、神無月の生み出したのと同じ、楕円形の形を為す。


除々に真ん中の光が引き、一つの情景が浮かび上がる。


そこには雷架たち4人が談笑している様子がはっきりと映し出された。


「出来たよ」


「よし」


神無月は睦月が作った楕円形…「鏡」を見ると、再び自らが作った黒い楕円形に右腕を入れた。


そして再び鏡を見ると、軽く眉をしかめて、右腕に力を込め、更に深く入れ込んだ。


すると----


「上手くいった?」


「ちょっと黙ってろ」


鏡の中には雷架たちの影から、一つの掌が現れた。


掌を中心にして影が渦巻き、そのまま掌の中に吸い込まれていった。


雷架のだけではなく、火冴や水希、風美…机や椅子の影までもが掌の中へと消えた。


「よし」


神無月は一度腕を抜くと、振り返って再び手を翳した。


神無月の掌の真ん中から、黒い霧が噴き出した。



霧は集まり、次第に形を為していく。


「よし」


霧が出なくなると、神無月は手を払った。


霧が形を為した物……それは雷架や水希たち四人の他に、机や椅子の形の物もあった。


そしてそれらは動きだし、雷架たちの形の物は声を発した。



「じゃ決まりね!そうだ、今度の日曜日水着買いに行こうよ」


雷架の声に、神無月と睦月は顔を見合わせた。


「水着?こいつら何の話をしてるんだ?」


「プールじゃない?もうすぐ夏だし」


僕、ウォータースライダーしたい!とにこやかに叫ぶ睦月をよそに、神無月は黙って影を凝視した。


「体育で使ってるやつじゃだめなのか?」


「もう、火冴ったら遊び心がないんだから」


「やっぱり水着は別に用意しないと」


「そうか?」



「じゃ決まりね」


風美がおっとりと笑って言う。



「それじゃ日曜日の10時に駅前ね!」


「おい睦月」


「んー?」


「この辺に駅前で買い物できる場所は?」


「んー……?」


睦月は光の鏡の前で考え込んだ。


そして、「あ」と声を上げる。

「確かここから駅三つ離れたところに大きなデパートがあるよ」


「そこだっ!」


バッと神無月が振り返り叫んだ。


「そこに日曜にあいつらは買いもんに行くってか」


神無月はうんうんと一人で頷く。


「よし、お前あいつら連れてこい」


「えー!!」

睦月は振り返り叫んだ。


神無月が指を鳴らすと、雷架たちの姿を成していた影は形を崩して光の鏡へ吸い込まれていった。


「お前のほうが自然だろ」


「んー…確かにそうだけどさー…」


めんどくさそうに渋る睦月に、神無月は言った。


「早く手を打っとかないと、あいつらに先越されるぞ」


「んー……分かったよ」


渋々頷いた睦月を見て、神無月はにかっと笑った。


「よし!頼んだぞ」


多少乱暴に頭を撫でられた睦月はまだ少し不服そうだった。


「その代わりアイスおごって」


「やだ。金ねぇし」


「けち!!」


睦月はそう吐き捨て、「先に帰ってるからね!」という言葉を残して姿を消した。



「ったく………ガキだな」


一人屋上に残った神無月はズボンのポケットに手を入れて青く澄んだ空を仰いだ。


そして、ぽつりと何事かを口にしたが、その声は小さすぎて、そよいだ風に流されてしまった。