(`・ω・)っ/\,_,.

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 以前書いて未投稿だった記事です(´・ω・`)

 毎回鋭い視点で記事を書いておられるPW さんに釣られてUPしました。



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僕がJWを辞めたのは、「心底JWに嫌気がさし、自分がJWであることに耐えられなくなった」からです。

 熱心な頃はガチガチのJWでしたが、世間を知るにつれJWの教えに疑念を持つようになりました。やがてJW批判サイトを見るようになり、自分の持つ疑念がすべて正しかったことを知ることとなりました。


 僕にとってJWとは人生のすべてでした。それは毎日の生活パターンしかり、思いや心までもそうであり、友人もJW内にしか存在しませんでした。「JWには真理がない」そう結論した僕は、それまでの生き方のみならず、自分という存在そのものが全否定されたと感じ、絶望すると同時に鬱状態となりました。


 疑念が確信へと変わってからというもの、野外奉仕、会衆での注解、割り当てなどJWの正しさを嫌が応でも主張しなければならない活動は、もはや拷問でしかありませんでした。

 僕は今もそうですが不器用な人間です。JWの教えが間違っている部分があるのを認めながらも、組織の中で上手に折り合いを付けて生きていくことなど不可能でした。


 具体的に言うなら、奉仕活動において人に出会うだけで、その人がJWとなってしまうきっかけを作ってしまうかもしれない。会衆で果たす自分の割り当てによって、それを聞く人が励みを受けてしまい、JWにより傾倒してしまうかもしれない。そう考えてしまい、自分がJWとして留まることは、もはやあり得ないことになったわけです。


 こうして衝動的に組織を飛び出したわけですが、今振り返ると辞めるまでに、同じ悩みを持つ現役・元JWとのつながりを持っておく、仕事や友人など人脈を築き世に出てからの体勢を整備しておくなど、賢く行動していれば、離脱してからの精神的な負担は幾分かは和らげられたのではないかと思います。



 ここ数年の間に急速にブログというツールが広まり、多くのJW関係者が教理の検証をしたり体験談を語ったりしていますが、これは離脱を考えている人にとってとても貴重な情報源となっているでしょう。また、情報統制により信者を確保するというJWの常套手段が通用しない世の中に徐々になってきていることは、大変喜ばしいことです。僕も多くのJWブロガー様の貴重な意見、検証に随分と助けられています。

 

 現役証人によるJW批判系ブログも結構あるようですし、頷きながら拝読させてもらっています。 JWの間違いを認めながらも、さらにはJWは神に用いられている唯一の組織ではないことを認めながらも、現役として留まることを選択している方もおられるようです。人それぞれ様々な事情があるのでしょうが、JWとして築き上げてきた人生を放棄し家族や友人を失うくらいなら、自分を押し殺してでも留まることのほうが周囲のことを考えても最善であると判断される場合もあるようです。

 苦しい決断でありますが、それは中庸な物の見方が出来ている人なんだと思います。


 しかし、個人が熟慮の末、下した決定を非難するつもりはなく、むしろ尊重しますが、僕個人としては、もろてを挙げて賛成するということは出来ないというのが正直なところです。JWであることには、他の人をJWへと導く活動がどうしても伴ってきますし、少しの良心の呵責も感じることなく、こうした活動を続けられるかというと、それは極めて困難なことです。さらに組織内で特権と称される立場に就いている人なら、他のJWが見倣うべき存在とみなされ、普段の会話や行動でさえ模範的であるように求められます。

 

 自分が奉仕の僕という立場で必要の大きな会衆へ移動し、群れの司会も任されていたころは、周囲の期待が少なからずあることを感じましたし、その期待に答えようと努力を払っていました。特に年が近い若者とは仲良くなったこともあり、僕と同じように会衆を移動し働きたいと言った若者もいました。(実際にそうしました)

 もう、かなり前のことですが、今でも後悔の念は消えません。人が人に与える影響の大きさ、それに対する責任というのは、決して軽視すべきでないと思います。

 

 内部改革という言葉も聞きますが、実現不可能な絵空事です。この組織には、改革を受け入れる度量も謙遜さもありません。あるのは陰湿さ、傲慢です。せいぜい、親しい友人や家族に、自分の考え方を小出しに述べることくらいしか出来ないのではないでしょうか。ブログで書かれているような批判的な内容を、末端信者の間柄でさえもオープンに語り合える雰囲気がないのでは、「組織が変化することを期待する」というのも、夢物語に過ぎないのではと思います。


 身内にJWがいることから、組織が思うような変化を遂げてくれることを願うものの、そのために自分が何か行動を起こすことなど考えてもいないので、自分なんかに批判する資格はないのかもしれませんが。


毎度お騒がせします

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 「世代の見解が変更になった」 といくつかのブログで見ましたが、


 ああ、またね(´・ω・`) と思うだけです。

 

 これは、自分が脱JWの人間だからではなく、実の所JWの方たちこそそのように感じているのではないかと思います。もちろん、組織の中でも本当の意味での理性を保ってらっしゃる方に限ることですが。


 世間知らずな子供ならいざ知らず、大の大人がものみの塔協会の論理の破綻した言い訳を何事もないかのように受け入れることは考えにくいと思うのです。


 ですので、ある方たちは信仰を揺さぶるような教理の変更に遭遇した時、沸き上がる違和感や不信感を吹き飛ばすかのように、



 でも、そんなの関係ねぇ!! ×3    



 ハイ、オッパッピー!!    」(゚Д゚)「



 と、何事もなかったようにJW活動に打ち込むことでしょう。





 また、ある程度の訓練?を積まれた方たちは、 



 チャラチャチャ、チャラチャ~ (,,゚Д゚)~♀~♪



 と、右から左へと受け流す術(すべ)を身に着けているのだと思います。



 このような方は人生を達観されており、生き仏と呼ぶにふさわしい存在でしょう。







 ふざけて書いているように見えますが、実はふざけています(´・ω・`)



 ではなく、世の中というのは理想で語れるものばかりではなく理不尽なことも多く、それと自分がどう向き合って行くのかが重要なことです。

 いくら考えても、納得のゆく結論が出ない問題というのは現実としてあります。

 

 そんな時に、笑ってごまかし辛い状況を乗り切るというのもひとつの手段だと思います。

 

 これは、JWとして留まる方そうでない方、どちらにも当てはまることだと思います。


 

 







ムーディ勝山のどこが面白いのか理解できません(´・ω・`)

今年の目標ヾ(・∀・。)

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  1番目に仕事。

 他部署の社員からも認知されるように頑張る。



 2番目に趣味。
 内にこもる系(MMO)を卒業して、外に目を向けて行きたい。

 若かりし頃に気まぐれで始めたダイビングを再開しようかな。




 もう、ほとんど忘れてしまいましたが・・・・。

 


 3番目に恋愛。

 結婚願望というものがないのですが、いい人を今年は見つけたい(;つД`)



 4番目にJWとの関係。

 現役である身内との仲は悪いわけでもなく、恨みつらみなどの感情もなく、いたって普通。

 年老いていく両親に対し、親孝行はしたいと思っている。

 

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 過去記事を読み返してみると、何か心にもないことを小難しく語ってるなぁと・・・・。



 難しいこと、面倒くさいことは大嫌い。基本的に何も考えてないことのほうが多い。

 よく言えば楽観的だが、何事にも無関心。


 さっきもビール飲んで、いい気分になり、へらへら笑いながらボケーっとTVを見ていた。

 

 家で飼ってる猫のように生きれたら幸せかもと、本気で思うことがある。


 記事を書こうとすると、小難しいことを言わなければと思ってしまう自分が嫌になる。











 酔いが回ってるうちに寝ます(´・ω・`)



 

 

 

 

もう遅いですが・・・

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 明けましておめでとうございます(^▽^)



 昨年はブログを始めたことにより、自身の過去と向き合えたよい一年でした。

 ブログを通して知り合えた皆様、ありがとうございました。



 2008年は、仕事も私生活もより充実させていきたいと思います。

 特に、人との出会いを大切にしていきたいです。



 今年もよろしくお願いします((。´・ω・)。´_ _))

 

 
 



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過去記事にコメントくださった皆様、コメント返し出来なくて申し訳ありませんm(___ ___)m

また、ボチボチ更新していく予定です。