いきなり?
て思ったでしょ?(笑)
いや、ほんとに好きなんです。
《モナ・リザ》が、じゃなくて。
(個人的には《最後の晩餐》のほうが好き)
レオナルド・ダ・ヴィンツィが。
前回、初めて絵についてブログしたので、ついでに…(ついでじゃないです、今回もがっつりいきます)
そのほゝ笑みはレオナルドのほゝ笑みである。
そして「芸術」といふものゝ持つほゝ笑みである。
~ 岸田 劉生 (大正~昭和初期の日本を代表する画家です)
ダ・ヴィンツィの《モナ・リザ》は実は彼自身がモデルの絵、つまり自画像なのではないか…
という説はあまりにも有名で、実際に彼が自分の顔をデッサンしたものと重ねてみると、顔の特徴がほぼ一致するらしいです。
だけど、資料によると《モナ・リザ》のタイトルのとおり、ある特定の女性をモデルにしたものであるというのは決定的。
ではなぜ《モナ・リザ》はレオナルドの自画像に似ているのか…
“すべての肖像画は画家の分身である”
…レオナルド自身のこの言葉のとおり、それはただ《モナ・リザ》が彼の作品、ひとりの芸術家による芸術作品だということの証拠にすぎないのかもしれない。
そのほゝ笑みはレオナルドのほゝ笑みである。
そして「芸術」といふものゝ持つほゝ笑みである。
―この作品にわたしたちが見るのは…そこから伝わってくるのは、(写真のような写実ではなく)ひとりの芸術家の微笑み、ひとつの芸術作品の持つ温もりである―
その作品に作者の表情や心情が出てこその「絵画」という芸術であり、そこに“写真”ではなく“絵”である理由がある、ということ。(もちろん「写真」というアートを否定するつもりはありません)
《モナ・リザ》が、モデルの女性ばかりではなくレオナルド自身にさえ似ているのは、なにかの間違いなんかではなくて、これこそ真の芸術作品であることの証拠のひとつだってことなんだね