飲んでいる途中から、いや、あるいは、お店に入る前からそうなることはわかっていたかもしれない。
席につき暫くはたわいのない会話を交わしていた。最近の交友関係の事情とか、高校生の時の思い出とか、あの人は今どうなっているだとか、韓流アイドルがいかに格好いいかとか。わたしたちはあの頃のように、いや、あの頃よりももっと親しく、しかし一定の距離を保って会話をしていた。していた筈だった。彼がトイレに立って戻ってくる度、徐々にその距離が縮まっていった。一定が一定ではなくなっていた。わたしはそのことにハッキリと気付きつつも、彼を拒むことはしなかった。来るものは拒まないし、去るものは追わない。格好つけてポリシーを掲げているわたしなので悪気は毛頭ないが、この時点で共犯だと言われてしまえばそうなのかもしれない。
閉店時間になったので、店を出て近くの公園へ歩いていった。その公園はラブホテルとラブホテルの間にあった。噂にはよく聞くが初めて訪れた場所だった。誰もおらずしんとしていた。彼は大学受験の時分、よくここでお昼を食べていたという。昼間は小さい子供たちが遊んでいて賑わうらしい。ラブホテルの間にあるくせに、と声に出しそうなのを我慢した。目の前の線路を挟んで向こうには葬式場がある。皮肉なものだとわたしは思った。生命の繋がりみたいだと彼は言った。生の営みが行われる場の間に子供の遊び場があって、それらの先には死があるんだ。わたしたちは酔っていた。何を言っているか互いによくわからなかったけど、わたしはそうだねと笑った。次第に、彼が寒いと言いくっついてくる。わたしはされるがままだった。彼にハグしてと言われればハグをした。ここでも拒むことはしなかった。それからはもう仕方のない流れといえばそうだったが、遂にはキスをした。最初は触れるだけのキス。彼は少し笑った。それから、長いキスをした。気づけば舌を絡めていた。唇が離れると、彼が言った。キス、好きでしょう。わかるんだ。俺も好きだから。彼は笑っていなかった。それから少し間を置くと、困ったような顔を浮かべて、一際低くて静かな声で言った。ねえ、君はずるいね。
ダメだと思った。ずいぶんと長い間悪いことをしていた割には、それは突然だった。これ以上進めたら自分が止められなくなることを知っている気がした。だから、帰ろうと言った。まだギリギリ、理性があるうちに。彼は暫く動こうとしなかったけれど、知らない若者たちが公園に入って来たので二人でベンチを立った。
その後は、手を繋いでコンビニに寄ったりした。恋人繋ぎをしていた。わたしは、何も感じていなかった。高校の頃好きだった男の子と、キスをして、手を繋いだ。ただその事実があるだけだった。わたしの家の近くまで来ると、わたしはじゃあねと言って青に変わった信号を渡った。今度はエッチしようね。嘘、冗談。後ろから投げかけられたその言葉が、ほぼ本音であることをわたしは知っている。だって、そんな気持ち自分でも冗談と思いたいけれど、結局は本心だから。本心を建前で取り繕って、自分は正常だと思い込ませる。少なくともわたしは、20年も、そうやって生きている。わたしはなるべく建前であるように、しかしハッキリとした声で返した。いいよ、冗談じゃなくても。
わたしには、愛する彼氏がいる。
わたしは、わたしが最低であろうことを誰より知っている。
家までの道中、コンビニでカップ麺を3個も買った。こういうことをしているからお金がずっとない。でもいつかは絶対に食べるから未来への投資だと思うことにした。帰ってからYouTubeでキングちゃんを再生した。タレントたちを横目に、カップ麺を黙々と食べた。不意に肘が当たってコップが落ちた。大きな音がした。嫌だった。真っ二つに割れたコップも、空っぽのカップ麺の容器も、暗くなった画面に映ったブスな顔も、嫌だった。これは罪悪感なのか。いや、多分、違う。罪悪感をも一切覚えない自分が、嫌なんだと思う。根拠はない。わからない。自分がまるでわからない。今日がどうしたって、明日には丸ごと忘れている自分がいる。自信の出所はわからないが絶対にそうだ。そしてそれは、忘れているのではない。忘れているように思い込ませているのだ。
明日は、前のバイト先にいた先輩と飲む。昔好きだった男の先輩。もしかしたらキスくらいするかもしれないな。きっとわたしは流れに逆らえない。そして明日のことは明後日には忘れるだろう。神様とやらが本当にいて人間に罰を与えることができたなら、おそらく真っ先の対象はわたしだ。 だってそうでないと、あまりにも理不尽だから。