民族共生象徴空間(ウポポイ)がオープンし、来場者に披露されたアイヌの民族舞踊=北海道白老町で2020年7月12日、貝塚太一撮影

法律(アイヌ施策推進法)でアイヌ民族は日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族として認められています。

先住民族であると同時に少数民族でもあり(2017年に北海道庁が実施したアイヌ生活実態調査の対象者は1万3118人)、「ヘイトスピーチ」の対象になっています。

「現代におけるアイヌ差別」(※)などの論文がある、旭川市立大学准教授の佐々木千夏さんと考えました。【聞き手・須藤孝】

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◇だれがアイヌ民族か

――実態の把握が難しいともされます。

佐々木氏 09年から14年にかけて北海道内の五つの地域で実施したアイヌ民族の社会調査に関わりました。

対象者は264人でしたが、そのなかで、自分の認識として「両親ともにアイヌで自分の先祖に和人の血は入っていない」とおっしゃった方は一人だけでした。

調査対象者の約半数は、アイヌ民族であることを普段は意識していないと答えました。

23年は、北海道庁が行う「アイヌ生活実態調査」の実施年で、私も有識者検討会議の委員を務めていますが、この調査自体、だれをアイヌ民族として対象とするかに課題があるとされています。

アイヌ民族とはなにかということは、北海道でさえわかりにくい状況です。

――少数民族では民族のアイデンティティーをどう保つかが問題になります。

◆調査そのものに難しさがあります。「意識していますか」と聞けば聞くほど、「普段は感じていない」と答える傾向もあります。アイデンティティーの有無や強弱を聞くこと自体に難しさがあります。

北海道アイヌ協会に加入して活動したり、文化継承に関わったりしている人たちでさえ、皆さんが民族としての強いアイデンティティーを持っているかといえば、必ずしもそうではありません。

一方で調査では、アイヌ民族としてのアイデンティティーに否定的な感覚を持つ人はどの世代でも減っていることが分かりました。

◇時代によって変わっているが

――差別があります。

◆年代によって差があります。調査当時60代、70代の人たちの中には、過去にあからさまな差別を受けた経験がある方がいました。

たとえば学校での子ども同士のいじめや、教員から差別的な対応をされた方、結婚する時にアイヌ民族であることを理由に反対された方などです。

その後の世代は目に見える差別を受けた経験は少なくなっていきます。

それは差別がなくなったのではなく、アイヌ民族であることを理由に差別されてきた世代が、下の世代に出自を伝えなかったり、差別から逃れるために和人と結婚したりしてきたということです。

そのためにアイヌ文化が継承されなかった面もあります。しかし、さらに若くなり、孫の世代になると、また別の意識が出てきます。

話を直接聞いて、アイヌ民族の血筋であることを「かっこいい」というような、肯定的に受けとめる若者がいることも実感しました。

――では若者には差別されているという意識はないのですか。

◆そうとは言えません。石を投げられるような直接的な差別はなくなっても、もっと見えにくい日常的な偏見の目にさらされていることは若者も感じていました。

「アイヌなのにアイヌ文化も知らないのか、踊れないのか」などと言われた若者がいました。単純に昔より生きやすくなった、とは言えません。

◇歴史を知らない

――「ヘイトスピーチ」はいったいどこから出てくるのでしょうか。

◆私は北海道生まれ、北海道育ちですが、義務教育でアイヌ民族の問題を詳しく学んだ記憶はありません。

北海道旧土人保護法(1997年廃止)のような差別的な法律の意味も含めて、北海道でもアイヌ民族の歴史はあまり周知されていないと感じます。

21年に民放のテレビ番組でアイヌ民族を傷つける表現が放送された問題が起きた際、北海道大学のサイトにあった私の論文に非常に多くのアクセスがありました。

問題になった表現についての記述があったためだと思いますが、アイヌ差別の実態について、日本ではほとんど知られていないことを実感しました。

ただ、こうしたことをきっかけに関心を持って、アイヌ差別について調べようとする人がいる。それは重要な一歩だと思っています。

◇差別禁止規定があっても

――アイヌ施策推進法には差別を禁止する規定があります。

◆現在のアイヌ民族の方たちが置かれている状況やその前の歴史を知らなければ、法律に差別の禁止だけがあってもその意味が理解できません。

北海道に住む私としてはアイヌ民族に対する「同化」政策などの歴史のうえに現在の生活があることも含めて、無知・無関心でいることはできません。

アイヌ民族に関する政策について、差別の解消や文化の継承についてはアイヌ民族でも和人でも同じように賛成が多いのです。

ところがアイヌ民族への雇用や教育を巡る政策について聞くと、和人の場合は賛成が少なくなります。

それは、なぜ今の時代にも施策があるのかが理解されていないからです。歴史を含め、知る機会がほとんどない状況の一つの結果だと思います。

日本政府は、アイヌ民族を先住民族として認めています。であれば、北海道だけではなく国全体が知るべき歴史です。

――知らないから差別をするのでしょうか。

◆少しだけ知ったからこそ起きる差別もあります。

北海道のなかでも札幌市は、日本の他の都市部と近い状況にあると思います。アイヌ民族の割合は少ないのですが、なにかのきっかけで出自を知られた時には深刻な差別につながりやすいこともわかっています。一方で、アイヌ民族が昔から比較的多い地域で調査をすると状況は大きく違います。昔からアイヌに対する差別的な用語が日常で見られることがあります。

物事を初めて少しだけ知った時に、次の段階が重要です。差別につなげないためには、まず正しい認識が必要になります。同時に、自分の言葉が他人にあたえる痛みを想像できるようになることも大切だと思います。

※ 小内透編著「先住民族の社会学 第2巻 現代アイヌの生活と地域住民」(東信堂、18年)第3章

毎日新聞2023年10月3日閲覧