北海道旭川市は明治時代中期から「軍都」として栄えた。「最強師団」と謳われた、大日本帝国陸軍第7師団が駐屯し、旧ソ連に対する北方の守りを担う最重要拠点だったからだ。その旭川が戦火にさらされる日がやがてやってくるかもしれない。前編記事『プーチンのロシア軍が日本へ侵攻したら…防衛省が覚悟する「北海道決戦」シナリオ』ではその可能性について指摘した。 【写真】プーチン「次の一手」で、最大ピンチに追い詰められる「国の名前」 ロシア軍の揚陸艦が着岸できる海岸線は限られているため、3ヵ所から上陸する確率が高い。道北は海岸線から4kmほど平野部が広がり、そこから先は長く狭い道路を形成し盆地を経て旭川に続く。その時自衛隊はどう迎え撃つのか…。引き続き、専門家が解説する。 小樽や札幌に上陸も 自衛隊の狙いは、地の利がある音威子府で時間を稼ぐこと。その間に旭川市の北側に戦車部隊を展開させておくのだ。 現在、北海道に配備されている戦車は、90式戦車を主力とする東千歳駐屯地の第7師団200両のほか、上富良野駐屯地の戦車連隊をはじめとする第2師団の約60両、鹿追駐屯地の戦車大隊などを加えて、計300両ほどだと思われる。 「音威子府でロシア軍を足止めして戦力を削り、自衛隊唯一の機甲師団である第7師団を中心に戦車によって撃退するというのが、陸上自衛隊の戦略です」(防衛省で情報分析官を務め、現在は軍事・情報戦略研究所所長の西村金一氏) だが、ロシア軍が道北だけから上陸するとは限らない。 「択捉島、国後島から道東の根室方面にロシア軍が同時侵攻してくることも十分ありえます。根室市の北、標津町付近が上陸ポイントになる。そこから道東の防衛を担当する第5旅団司令部がある帯広駐屯地に向けて西進します」(元陸上自衛隊陸将で、千葉科学大学客員教授の山下裕貴氏) 道東から進軍するロシア軍は、鹿追駐屯地の戦車大隊が内陸部で迎え撃つ形になるだろう。 西村氏が言う。 「小樽や札幌の付近に上陸することだって考えられます。問題は、稚内もそうなのですが、小樽や札幌も沿岸で戦闘する準備が一切整っていないことです。要するに、コンクリートなどで固めた防御陣地が海岸線に作られていない。ロシア軍が迫ってきたら、陸上自衛隊は後方に下がって戦闘するしかないんです」 道央に配置された第7師団の戦車約200両は状況に応じて、帯広、旭川、札幌の防衛に回る必要がある。つまり自衛隊の戦車が効率良く集結し、ロシア軍と対峙できる保証はないのだ。 しかも、ロシア軍の脅威は地上部隊だけでない。 「ロシア軍は上陸する前に、自衛隊の防空レーダー施設や主要基地、通信、電力などの重要インフラ、飛行場などを狙ってミサイル攻撃を仕掛けてくるでしょう。さらにサイバー攻撃も行われる。つまり、作戦対象地域をマヒさせたうえで、侵攻してくることになります。 そして、侵攻が開始されたら、爆撃機、戦闘爆撃機が本土から出撃し、地上部隊を援護します。また、巡航ミサイル『カリブル』は射程が1200~1500kmなので樺太から重要目標に発射可能です」(山下氏) ロシアは何でもする 上陸後にはウクライナ侵攻の際にも使用された短距離弾道ミサイル「イスカンデル」による攻撃も加わるだろう。日本有数のロシア兵器研究家の多田将氏が解説する。 「ロシア軍の東部軍管区(極東担当)に『イスカンデル』の発射車両は48両あります。一両で2発積めるので、96発のミサイルを同時に撃つことができます。射程距離は約500km。北方領土からなら北海道が十分に射程圏内に入ります」 空からの援護を受けたロシア軍の戦車を止めることは簡単ではない。 自衛隊の戦車部隊が突破されれば、次は旭川市の市街地が戦場になる。 軍事ジャーナリストの世良光弘氏が語る。 「戦車を失えば、第2師団は旭川市内で対戦車ミサイル等によるゲリラ戦を行うしかありません。ウクライナのマリウポリと状況は同じです。 一方のロシア軍は破壊工作を行う特殊任務部隊『スペツナズ』も投入すると考えられます。そうなると旭川が泥沼の激戦地になることは避けられません。民間人を巻き込むことを厭わず、地上戦で街ごと破壊して、相手の戦意を喪失させるのが、ロシアのやり方です」 ロシア軍はウクライナへの侵攻では、前線にチェチェン共和国の民兵組織「カディロフツィ」を派遣した。この部隊は暗殺、拷問などの残虐行為で名を轟かせている。 「彼らが極東に来ないとは断言できません。また、ウクライナ東部のドンバス地方には親ロシア派の軍事組織が存在します。そこに所属するウクライナ人たちがプーチン大統領への忠誠を試され、ウクライナ侵攻が終結後、極東に投入される可能性も否定できない。 さらに連れ去られた民間人が、ロシア兵に組み込まれているという情報もあります。あるいは、捕虜になったウクライナ兵が極東に移送されることもありえる。彼らが、北海道侵攻に動員される可能性もあります」(世良氏) ウクライナ兵が正規軍の「弾除け」として派遣されることすら考えられるのだ。ロシアは勝つためには手段を選ばない。

軍事ジャーナリストの菊池雅之氏が言う。 「ゲリラ活動や破壊工作といった『不正規戦争』を仕掛けてくる可能性も高い。特殊部隊を民間人として徐々に日本に入国させて、同時に武装蜂起を行わせることもありえるでしょう。武器は、漁船にでも紛れ込ませて、長期間かけて持ち込んでいく。それに加えて、化学テロにも警戒する必要があります」 旭川が陥落すれば、そこから国道12号線で札幌までは約130km。石狩平野が広がり、守りには適さない。制圧されるのは時間の問題だ。 では、自衛隊がロシアを相手に勝機を見出すにはどうすべきなのか。山下氏はこう語る。 「2月のウクライナ侵攻の際は、昨年11月頃から国境沿いにロシアの兵力が集結しました。同様に北海道侵攻の際にはウラジオストク、樺太、国後島に動きがあるでしょう。それを素早く探知し、全国から部隊を集めて防衛体制を敷くしかない。 火力不足で劣勢となれば徐々に後退し、第7師団が反撃して押し返す。そうした『負けない戦い』で時間を稼ぎ、相手の兵站線を破綻させ、米軍の救援を待つという戦い方をするしかありません」 ウクライナと日本の違いは、ロシアと陸続きではないことだ。ロシア軍の補給は容易ではない。 また、空と海の戦力が、日本は充実している。 航空自衛隊の千歳基地には地対空ミサイルPAC3が配備され、戦闘機F-15が常駐。青森・三沢基地には最新鋭ステルス戦闘機F-35Aが所属している。 宗谷海峡の警備を担当する海上自衛隊の青森・大湊基地には護衛艦7隻が在籍。有事の際には横須賀基地から最新の潜水艦も出撃するだろう。多田氏はこう語る。 「ロシア軍は旧ソ連時代と比べると陸海空において戦力が激減しています。しかも戦車を運ぶ揚陸艦はスピードの遅い船です。ロシア軍が航空自衛隊、海上自衛隊を完全に排除して、北海道への上陸を成功させることはそもそもハードルが高い」 島国の利点を最大限に生かして、粘り強く戦う。それがプーチンを撃退する唯一の方法だ。

現代ビジネス2022年4月29日閲覧