
恋愛リアリティ番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなったことを契機に、ツイッターやインスタグラムなどのSNSを介した個人への誹謗中傷を巡る議論が活発化している。投稿者の特定を容易にするための法改正に向けた動きや、実際に被害を受けた人が訴えを起こすケースなどもあるが、誹謗中傷する行為が完全になくなるわけではない。
【画像】「貴様はゴキブリのような野郎だ」安田純平さんに届いたメール
そこで問われるのが、個人攻撃のような書き込みを受けた時の「スルースキル」だ。実際に誹謗中傷を受けた経験があるジャーナリスト・安田純平さんの「乗り越え方」や、心理カウンセラーによるアプローチを参考に、SNSの誹謗中傷から心身を守ることができるのか、その方法を探ってみた。(取材・文=素鞠清志郎/清談社)
◆ ◆ ◆
安田純平さんは、シリアで3年4カ月に渡って拘束され、2018年に解放されて日本に帰国した直後からメディアやネット上で数々の誹謗中傷を受け続けており、その「炎上」はいまだに止んでいないという。
「私の行動について、いろいろなご意見があることは理解しています。しかし、私を非難する人たちの根拠が、専門家と称する方々の事実誤認の発言にあったり、それを検証もせずに報道したメディアによって作り出されたことだったりするんです。シリアから解放された直後に『身代金が払われた』と報道されましたが、その唯一の情報源であるNGOはこの件でいくつものデマを書いていて信憑性が疑わしい。他国の事例と比べても、解放翌日まで日本政府が解放の事実を確認できないなど、交渉などが行われていたらありえないことがいくつもあります。しかしメディアも専門家もそれらを何ら検証していません。
また、私が『人質』になったのはシリアの時が初めてですが、あるジャーナリストを名乗る人が『3回目だ』と書くなど、何人もが実名でデマを書いてツイッターで著名人らに拡散されました。以前にイラクで一時拘束されたことは『人質』と誤報されたまま訂正もされていませんが、それ以外に人質と報じられたことはなく、どれのことなのか全く心当たりもない。このようなデマに対して違います、事実はこうです、と、ひとつひとつ反論していくしかないんですが、反論しても大量のデマの中に埋もれるだけ。やがて、デマが真実であるかのように定着してしまい、そこからさらにウソや人格攻撃などの誹謗中傷が続いていくという状況です」(安田さん)
「事実とは関係のない罵詈雑言が飛んできます」
デマである証拠を突きつけても簡単に撤回はされない。撤回されたとしても、その謝罪や修正の声は小さく、誹謗中傷を続けている人には届かない。
「そこから、もはや事実とは関係のない罵詈雑言が飛んできます。『死ね』『金返せ』『貴様はゴキブリのような野郎だ』などと、まったく知らない方々から、ツイッターだけでなく、メール、フェイスブックのメッセンジャーなど、あらゆる方法で大量の誹謗中傷コメントが届くようになりました」
真実も伝わらず、反論もできない。四面楚歌の状況で、安田さんはどのようなメンタルで立ち向かったのか。
「いや、私も人間ですので、誹謗中傷されたら普通に怒りますよ。侮辱されたら怒って当然だし、受けた側ができることは、その怒りを表明したり、事実誤認を正していくことしかないんです。ただ、周りからは『やりすごせ』と言われることはありました」(安田さん)
誹謗中傷やあおるような文言に対峙せずに受け流す「スルースキル」は、SNSやインターネットを利用する者の基本的なリテラシーとして語られることが多い。
「そうなると『間違っている』と声を上げたり、意見にいちいち反論することが恥ずかしいような空気になってしまう。僕はこれが間違ってると思う。侮辱されたら怒って当然だし、その怒りを包み隠す必要もない。だからこそ、法的に訴えることが必要だと思います。裁判で、第三者が判断してくれるというのは双方にメリットがある。ただ、そのためには膨大な時間と経費がかかることが問題で、そこが簡易的になることには意味がある。裁判が増えれば、こうした行動をする人たちへの抑止効果も多少は期待できるのではないでしょうか」
「SNSに向いていない性格」とは
一方で、誹謗中傷に対してどう対応すればいいかわからず、思い悩んでしまうという人も多い。周囲からは「ネットに向いていない」「SNSをやめれば?」と意見されるようなタイプだが、そもそも「SNSに向いていない性格」というのはあるのだろうか。心理カウンセラーの大塚統子さんに伺った。
「自己評価が低いだけでなく、コンプレックスが強い方は、SNSに限らず誹謗中傷などで傷ついてしまいがちだと思います。例えば、自分が『太っている』と気にしていると、誰かが褒め言葉のつもりで言った『たくさん食べるね』という言葉も非難に聞こえてしまい、傷ついてしまう。このような考え方をする人は真面目なタイプが多く、何かを指摘されると他のせいにできずに自分の努力が足りないからと思い込んでしまうんです」
ただし、仕事上の必要性や、友人や社会とのつながりを持つという意味でSNSから離れることはできないという人も多いだろう。どうしても目にしてしまう辛辣な意見や誹謗中傷からメンタルを守る方法はあるのだろうか。
「追い詰められたときには、誰かにそのことを話す、相談するということが有効だと思います。自分ひとりで抱え込んでしまうことがいちばん良くないです」(大塚さん)
とはいえ、なんでも相談できる友人がいる、という人は稀だろう。家族にも弱みを見せたくないという人も多いし、ある程度の社会的地位にある人などは、誰かに頼ること自体、プライドが許さないかもしれない。
「家族や、友人に対して悩みを打ち明けられないというケースは多いです。その場合、私どものようなカウンセリングサービスを利用していただくのもいいと思います。気を使わずに話せるというだけで、考え方を切り替えるきっかけになりますから」
「対応力を指摘するアドバイス」は要注意
逆に自分が友人から相談を受けた場合、気をつけたいのが「対応力を指摘するアドバイス」だ。
「『SNSをやめたほうがいいよ』とか『いちいち怒っても意味ない』というアドバイスは、『本人の努力が足りない』と被害者をさらに責めてしまう可能性があります。もし近くに誹謗中傷の被害にあっている人がいたら、まずは話を聞き、その辛さに共感してあげる姿勢が大事です」
この「共感」という姿勢こそ、追い込まれた時にも有効だという。
「誹謗中傷しているのは不特定多数の『誰か』ですが、その『誰か』も人間であるかぎり、書き込んでいる時はマイナスの感情になっているはず。彼らは他者に対して攻撃しているようで、同時に自分自身も傷つけている。例えばそういう風に考えると、得体のしれないアンチに対しても捉え方が変わってくるのではないでしょうか」
誹謗中傷を書き込んでしまう人たちの心理を理解することで、はじめて「スルースキル」が身につくのかもしれない。
「人間は怒りに対して、反射的に怒りで返すもの。しかし、SNSではその怒りの持っていき方が難しい。自己嫌悪があると、怒りが自分自身に向かってしまいがちなんです。怒りや恐怖は自然な感情なので抑えることはできませんが、それに対する行動は自分で選べます。すべてはプロセスの途中だと考えてください。誹謗中傷を受けていることがゴールや結果ではなく、その先を考えれば、この経験をなにかに生かすことができるかもしれません」
炎上も誹謗中傷も、誰にでも訪れる可能性のある「事故」のようなもの。そう考えれば、起きたことに対して粛々と対応していくしかない。SNSに期待しすぎず、適度な距離感を保つというのが、身を守るための基本姿勢といえそうだ。