お茶の水女子大名誉教授・戒能民江氏(74)

 --ジェンダー法学の専門家としてDV(ドメスティックバイオレンス)防止法などにも携わってきた経緯から、千葉県野田市立小4年の栗原心愛(みあ)さん(10)が死亡した事件についてどう考えるか 

 「まず野田市に転居する前に住んでいた沖縄県糸満市で身近な親族から『母親が恫喝(どうかつ)されている』と相談があったにも関わらず、市が対応しなかったことが非常に残念だ。間接的にでも状況が分かっている人からなぜ十分に聞き取りをしなかったのか。(聞き取りをすれば)母子一緒に保護することもできたはずなのに市の理解が不十分だと感じる。親族も無力感を感じただろう。経緯をきちんと検証する必要がある」

 --DVの被害者だったはずの母親が心愛さんを虐待する加害者になってしまったのはなぜか

 「父親は殴る蹴るの暴力はもちろん、人間関係をつくらせないなどの行動規制で母親を孤立させ、コントロールしていたと考えられる。心愛さんが生まれた頃からDVがあったと考えれば、約10年間の長期に渡り母親は完全に支配されていたことになる」

 「長期間DVを受け続けると人は自ら考えることにも蓋をされ、正しい判断を下すことが難しくなる。相手の言うことが正しいと思い込み、反発せず、自分が生き延びることができる方を自然と優先する。一見、異常にも感じるが、当たり前の反応だといえる」

 「このような構造は他のDVのある家庭ともかなり共通している。また父親は妻子や学校など立場の弱い相手を選んで高圧的な態度を取り、DVや虐待の事実を全く外部に出さない典型的な現代型加害者といえる」

 --千葉県のDV防止・被害者支援基本計画策定検討委員会の委員長も務めた経験から、同県内のDVや虐待の状況をどう考えるか

 「千葉はとても広くて地域性もさまざま。都心に近い都市部から外房、内房などの農漁村までさまざまな地域が混在している。千葉だけではないが、昔の農村地帯のようなところでは周囲が知り合いばかりで、問題を誰にも相談できずに抱えてしまう人も多く存在する。市や町への相談件数が少ないからといってDVや虐待が存在していないわけではない」

 --もしDV被害に遭ったらどう対処したらよいのか

 「きちんと制度を知り、活用してほしい。DV被害の経験者が集まる自助グループやサポートグループも県内には存在する。市などからの便りでDV相談窓口について記載があると相談数がぐっと増えるという話もある。知らないだけで求めている人は多いということだ。その場に行けない人でも今はネットなどでもつながりができるので活用してほしい」

 --DVや虐待を早期に発見するにはどうしたらよいか

 「被害を受けていても自分が悪いと思い込み、なかなか相談できない人も多い中で『待っている相談』では駄目。『出かける支援(アウトリーチ)』を行うことがファミリーバイオレンスを早期発見することにつながる」

 --今後の課題や行政に期待することは

 「日本は家族幻想が強く、大人の女性がDVを受けても自己責任だと世間は冷たい風潮がある。児童虐待防止法の改正案で親権者による体罰が禁止されたことは進歩といえるが、『家庭内の暴力は命の問題なんだ』と社会が理解し、家庭内暴力はノーだと世間がしっかり提示していかなければならない」(白杉有紗)

 ■プロフィル かいのう・たみえ 旧満州生まれ。早大第一法学部卒。東邦学園短大教授を経て平成11年にお茶の水女子大生活科学部教授に就任。同大理事・副学長などを歴任し、現在は同大名誉教授。専門はジェンダー法学でDVや女性の人権問題について研究。千葉県のDV防止・被害者支援基本計画策定検討委員長も務めた。

産経新聞4月10日