私は双極性障害と言う病気を患っています。
双極性障害は所謂躁うつ病とも呼ばれる病気で、気分が高揚する時期と、気分が落ち込む時期を繰り返す病気です。
この病気を発症し、6年が経過しました。徐々に減薬も始まり、回復に向かっていると思っていました。
残念ながら思っていただけでした。
どうやらこの病気の根はいつまでも心の中にあり、ふとした拍子で私を蝕み、心をどん底へと落としました。
覚悟はしていました。いつかは前のように動けない日が来ることを。でも、来てしまうと覚悟なんて意味がありません。こんなにも辛く、苦しいです。
何より、”動けていた自分がこの間までいた”事実に悔しくなります。いつものように働くことも、趣味の楽器を演奏することも、誰かと遊ぶこと、話すこと。悲観的に言えば楽しいことも、やらなければならないことができないのです。
つい先ほど、2週間後に控えていた楽団の演奏会の出席を断りました。もちろん苦しい決断でした。でもこの先、練習に行って、本番に臨むビジョンがもう今の自分では想像できませんでした。
本音を話すとこのまま楽団からフェードアウトしてしまうのではないか、という不安があります。いつ立ち直れるかなんてわかりません。
頑張って治すの頑張るができないのです。
そしてこの病気の怖い部分は、単なる高揚期の後先考えずの行動や、うつ期の希死念慮ではありません。
この病気の真の恐ろしさは、”家族や友人を傷つける”ことです。
傷つけるとは、私の発言や言動で信頼関係を失うということです。
この病気になって一番私の面倒を見てくれた母親が心療内科に通うことになりました。私が母を言葉や言動で傷つけたのが原因です。母はいつも通り接して、世話をしてくれますが、きっと私の喉から出た言葉で大きく傷ついたと思います。
いくら謝っても許されることではありません。後から後悔しても、母の心の傷は癒えないでしょう。
私には友人がたくさんいました。その友人たちの不特定多数を言葉や言動で傷つけ、そのまま私は友人たちの輪から逃げました。
謝ることすらできずに。逃げてしまったんです。私の病状が仮に良くなったとしても、友人との信頼関係は戻るものではありません。
後から襲う後悔と希死念慮が頭に重圧をかけます。
でも、それでも生きなければならないのです。
これ以上両親やまだ友人を続けてくれる人たちを裏切らないための最後の一線なのです。
だから生きるのです。
良いことなんて起きないかもしれない。立ち直るまでどのぐらい苦しいかなんてわかりません。
でも、それでも生きるんです。