本屋で見かけてちょっと興味があったので買ってみた

 

まだ全部読んでない 少し読んだだけ

 

さすがにこの手の本でネタバレ注意なんてのは必要ないだろう

 

それに、内容じゃなくて、あくまで個人的な感想、しかも途中までしか読んでないw

 

まずは、この本の良いところ

 

○世界の統計について最新(ちょっと古いかも)の簡単な分析

 

○最新の世界と、1965年あたりの世界ではだいぶ違うという知見

 

○人間は、科学的な見方をすることができないという主張(あくまで作者の主張です)

 

こんなところかなあ。

 

その原因について、10種類くらいの心理的なパターンをあげている。

 

 

次に、個人的にわたしがおもう、この本の変なところ

 

いろいろあるけど・・・

 

たとえば、作者は先進国と低所得の国というふうに2つに分類することを否定しているのだが、代表的な設問に「低所得の国は~云々」などと平気で書いている。しかも低所得の国について正確な定義を行わずにである。これはおかしい。

 

ここは、月収入が1ドル以下の国とか4ドル以下の国とはっきり数字で書くべきだとわたしは思うのだが・・・

 

ここらへんが詭弁的だとおもう

 

 

また、アメリカ人の収入グラフとメキシコ人の収入グラフを比べて「分断は存在しない」と結論づけているのだけれど、わたしから見ると、明らかに分断しているように見えるグラフなのである。鬼の角のようにはっきりと2つの山に分かれている。これが分断といわずなんなんだろうという感じ。ここらへんもあまり説明がない。「交わりが存在するから分断ではない」と言ってるみたいだが、それでは、1人でも交わりがあるなら分断じゃないとでも言うのだろうか? 10人なら? 100人なら? 1000人なら?

 

かなり文章の進め方が「科学的でない」と感じられた。

 

よくチンパンジーと比較して、ドヤ顔している場面が出てくるが、そもそも上に書いたように定義のはっきりしない言葉、しかも自身が否定している言葉を使って設問の文章を書いているわけで。わざと間違うように書いているとしかおもえない。

 

だから、この本を読んで完全に納得した人がもしも存在するとしたら、それはおそらく騙されているとわたしは思うw

 

こういう詭弁的なところを、しっかりと詭弁ととらえて、読み進むのであれば、この本は読む価値があるとおもう。

 

科学的な思考のためには、データの収集だけでなく、自分自身の心を見つめなおす必要がある。

 

この点においては、詭弁もなにもない。極めて正しい意見だと思う。

 

トランプ大統領の問題、STAP細胞はありまーすの問題、いまどきのSNSでの炎上の問題などなど、現代の非科学的なおかしい動きの問題には、ほぼ必ず、この手の「自分自身を反省しないで決断をする間違い」が明らかに存在するとおもう。

 

そのポイントを指摘しただけでも、この本の価値はあるとおもう。

 

ただし、その論理の進め方はややおかしいとわたしは思いますw

 

テレビのアナウンサーと戦って勝利した!!って部分もどうかとおもう。

 

それじゃ、SNSで「勝った」とかほざいてるアホとかわらんやろ。

 

議論に勝ち負けなんてないんだから。ディベートという「競技」ならあるけどね。

 

この本よりも、日経サイエンス2019の4月号?のほうを読みたい。そっちのほうがより科学的に書かれているとおもうから。

 

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おもうに、最近の世の中は、みんな「外向き」の視点の社会になっていると思う。日本だけでなく、世界も。

 

それはネットが発達したことにより、世界が外向きに変わったからだ。

 

ネットが無い時代には、世界は自分のまわりだけであった。それがネットにより、無限に広がったのだ。

 

広がったら、そちらを向くのは人間の心理としては自然な流れだろう。

 

しかし、ほんとにそれでいいのかってのが、この本であり、少数の識者たちが指摘していることだと思う。

 

今一度、「自分を見つめなおす」ことが大事じゃないかと思う。

 

外向きではなく、内向きな思考をやっているのか?

 

ずーとスマホをいじってる若者たちの心は、はたして内に向かっているのか?

 

青春時代というか思春期は、本来、「内省」を通して自我を確立していく世代だと、昔から伝統的に言われているが、スマホやネットをずーと見ていることで「深く自分を見つめる」なんてことができるのだろうか? さらにSNSを通じて24時間他人とつながって(実際はそんなにつながってなかったりして)いて、内省とか哲学とかそんなことができるのか?

 

もちろん内省や哲学ばかりでは駄目である。

 

内向きと外向きがうまくバランスとれてこそ、安定した大人になれると思う。

 

天才とか鬼才とかそういうのは別で、あくまで一般人としてだけどね。

 

天才や変態になりたいのであれば、それもまたひとつの道だとおもうけど、もともと才能のないふつうの人がそういうのやるのはとても疲れるし、結果も出せないと最初からあきらめる可能性が高い。どうぞやると決めたら最後までやってほしいw

 

やってほしい・・が、そもそも天才とか変態ってのは、努力しなくても天才や変態なのである。自分から奇抜な発想をしようと無理に努力する必要もないのである。天才がふつうに考えても天才の考えなのである。空気を吸うように天才なのが、ほんとの天才だとおもう。だから、一般人が天才を真似るのはほんと非常に極めて困難だとおもう。

 

だから、一般人は、天才になることよりも、「ふつうになること」を努力したほうがいい。決して楽なことではないですよ。一般人における「普通」も。息をするようにふつうってことはないです。日々努力しないとふつうにはなれません。むしろ「普通」ってのは一番難しいと言ってもいい。駄目な人はすぐに犯罪に走ったり、マナー違反に走ったり、堕落してしまいます。普通の暮らしというのは簡単なように見えて、実はとても努力が必要なのです。そして、その「普通」であることが一番の天国であること。

 

決して有名人だけが幸福なわけではありません。実際は、多数の普通の一般人が一番幸せなんじゃないかなあと思います。