即位礼 2
即位礼にサーロー節子氏は 「この人なら大丈夫」 とコメントしたとの事ですが、私はドキッとします。
大丈夫でなければどうしようというのでしょうか。
いまの時代に天皇機関説は合わないのかも知れませんが、一種の装置だと思います。
安全装置。
または回復装置、国民や国の統合によって災害から回復させる。
敗戦でなぜ残されたか。
理由の一つは回復装置だったからでした。
回復装置を排除すれば回復できない。
感謝は謙虚に繋がる気がします。
奢ると危険。
1500年守られたものを変えようと考えるなら、そこに驕りがあると私は感じます。
民主主義だから皆で決める、そのみんなの中には先祖も子孫も入れてほしい、1000年前から1000年先、2000年の時の真ん中の自分が皆を代表して判断する、これまではそんな思いがあったような気がする。
民主主義万能観、または万能感、それはキリスト教が元にあります。
なぜなら万能の神に似せてアダムとイブは作られたから。
完全で完璧。
しかし日本の神話は違います、滑稽で頼りなく、不完全です。
なり余りたる、成り合わざる、余分だったり不足だったり。
文字がないころには口承で伝えられていたことを、文字ができて最初に書きました、それを最初に書いて残すのが最善だと考えたから。
最大の墓や将来最古になる建物を作れる人が残したもの(神話)からは学べるものもある筈です。
そして装置の改変は驕りです。