負傷者や動揺したメンバーを抱えている第1部隊、第2部隊の代わりに、第3部隊は一番危険な道を選んだ。敵の数が多く、ほんの少し進むのも困難を極める。
「くそ、どんだけ敵がいやがんだ!」
「もう弾がないです!」
「これが最後だ」
シンジは最後の弾をサトルに渡すと、少し先に見えた身を隠せそうな場所まで走った。その後に、残りのメンバーも続いてくる。
「丘まであと少しなんだが、敵の数が多すぎる」
あちこちから飛んでくる銃声に、ぎりっと歯を鳴らす。残りの部隊はここまでひどい道ではないはずだが、無事逃げきれただろうか。
「こっから丘まで突っ切るぞ。1、2、3で飛び出そう」
「逃げ切れるかな」
リュウの言葉にも、五分五分だなとしか答えられなかった。
「よし、行こう。行くぞユーキ」
リュウが、ユーキに声をかける。しかしそこに、ユーキがいなかった。
「ユーキ?おい、何してんだよ!」
すぐに飛び出せる場所で待機している3人とは対照的に、ユーキは隅の方で一人踞っていた。
「死ぬんだ…俺たちみんな死ぬんだ…」
「おい、ユーキ!逃げるぞ!」
踞るユーキに、リュウが声をかける。サトルも、心配そうに見つめていた。
「笑うだろ…ヤンキーなんて偉そうに言ったって、本当の俺は、ただの臆病者なんだ」
自嘲気味に言うユーキに、リュウは心の中で何となくそれは分かっていたと思った。というより、ユーキが自分で自分を臆病者と思い込んでいるのが分かっていた、というのが正解かもしれない。
「もう怖くて、一歩も動けねーよ…。お前らだけで行けよ!俺のことなんか置いていけ!」
「そんなことできるわけないだろ!」
「置いていけ!」
なんとかユーキを立たせようとリュウが手を伸ばそうとした時、後ろから声がした。ただ一人真っ直ぐ前を向いたままの、シンジだった。
「そんな奴置いていけ」
「そんなこと…!」
「お前、やりたいこととかないのかよ!」
それはかつて、ユーキがシンジに問いかけた問いによく似ていた。お前は立派な兵隊になって、立派に人を殺すのが夢なのかと。
「…お前のやりたいことはなんだ」
「…」
ようやく、シンジが振り返る。その目は、真っ直ぐユーキを見つめていた。
「僕だって怖いよ。怖いけど、帰りたいから、帰って夢叶えたいから、必死にやってるんだ!お前、やりたいこととかないのかよ!」
「…俺は、帰ってまた、仲間とバカやりたい…」
「だったら立ち上がれよ!そこを乗り越えろ!乗り越えて帰ろうぜ!」
訓練所から今まで、誰よりもぶつかり合ってきたのが、この二人だ。
もしかしたらシンジとユーキは、ぶつかり合うことで絆を深めてきたのかもしれない。リュウは見守りながら、そんなことを思った。
「うおぉぉ!俺は、臆病者なんかじゃねえ!」
何かを振り絞るように、ユーキが立ち上がる。その姿にホッとして、リュウとサトルは顔を見合わせた。
「いいか、1、2、3だ」
四人、横に並んだ。
「1、2、3…!」
飛び出すと同時に響いた銃声と、短い悲鳴。ユーキが肩を押さえて転がった。どうやら、弾が掠めたらしい。
「ユーキ!」
リュウとシンジが、とっさに駆け寄ろうとする。その先に―――サトルは、鋭い光を見つけた。
「危ない!」
それはまさに、脊髄反射と言ってもいいくらいの行動だった。気付いた時には、サトルはシンジを庇って飛び出していた。
「おい…嘘だろ…おい、サトル!」
どうと倒れ込んだサトルに、シンジが駆け寄って来る。抱えあげてくれたシンジの腕が温かくて、サトルは弱々しくも微笑んだ。
「シンジさん…良かった…」
「おい、サトル!しっかりしろ、サトル!」
必死に名前を呼ぶシンジに、サトルはまた笑って見せた。そんな悲痛な顔をされるようなことを、自分がしているつもりはなかったから。
「サトル、しっかりしろ!俺が、俺が治してやるから!」
ああ、シンジさん…嬉しいです…。
僕も、お医者さんになったシンジさんに、病気とか怪我とか、診てもらいたかった…。
でも…。
「シンジさん。行って下さい…」
「バカ野郎!できるわけないだろ!」
「僕、嬉しいんです…これでやっと、僕も、シンジさんを守れる…」
小さい頃はいつも、シンジが自分を守ってくれた。
訓練所で再会してからも、結局はシンジの後ろについて回ってばかりだった。
貰った恩を全部返しきることは、とても出来ないけど…
「ここで、敵を待ち伏せします…」
サトルがポケットから出したものに、シンジの顔色が変わる。「おい、止めろ…」とシンジは泣きながら、手りゅう弾を持ったサトルの手を押し戻そうとした。
「いいんです。やりたいんです。やらせて下さい…」
だんだんと声が声にならなくなっていくのが、自分でも分かる。残された時間が僅かなら、シンジのために、仲間のために、使いたかった。
「分かった…俺を、俺たちを、守ってくれ…」
嗚咽を漏らしながら答えるシンジに、はいと頷く。
心残りは、最期に見るシンジの顔が泣き顔なことだろうか。サトルは、かつて仲間たちとジンのギターに合わせて歌った日、自分のラップにシンジが見せてくれた笑顔を思い出した。あの日は、訓練所にいながらもまだ音楽をやれていて、楽しかった。
ああ…ここで僕が死んだら、静御前もいなくなっちゃうな…
コーイチさん、タクさん、可愛がって下さったのに、何もお返しできなくてごめんなさい…
リュウさん、集合場所までシンジさんのこと、お願いします。筋トレ、頑張って下さいね…
アキラ、一番弱虫で一番年下の新人だけど、絶対大丈夫だから、自信持って…
大好きな仲間たち一人一人の顔が、目に浮かぶ。何故だかそれだけで、安心できるような気がした。
サトルはまだ躊躇っているシンジに「早く行って下さい」とその背中を押した。早く、自分がまだこのピンを抜くことができる内に。
「行くぞ!」
3人の足音が遠ざかっていく。けれどサトルの心は今、とても穏やかだった。
「シンジさん…絶対お医者さんに、なって下さいね…」