こんばんはウインク

3連休も終わりますね。

台風の影響、
皆様の地域はいかがでしたでしょうか?

台風19号にて被害に遭われた方々には、
心よりお見舞い申し上げます。

どうか1日も早い復興を願っております。








さて、今日は私の高校時代の話をさせてください。



私は高校は、挨拶のほぼ全てが「ごきげんよう」で済むような世間から見たら少しだけ裕福なお嬢様が通う変わった学校へ進学をした。



高校はほかのところよりもかなり厳しかった。
スカート丈やら髪色やら眉毛やら、ちょっとでもいじろうものなら、直ぐに指導室に呼ばれた。

学校の指定品は、制服だけでなく、靴下、ローファー、鞄、帽子、コート、お弁当入れ、全て決められたものだった。


みんなが同じ。同じ服を着て同じ髪型をして、同じものを持って、その当たり前が許される学校だった。





そんな高校で育った私だが、学校では、ごく普通の子。

少しだけやんちゃをして、髪を染めたり、眉毛を剃ったり、スカートの丈を切って短くしたり、少しリボンを弛めてイキがったり。

厳しい学校の中ででもギリギリのラインを攻めたりして、それはそれで何とかなってた。



成績も並、気の合う友人と、遊び、部活、生徒会活動に全力を注ぐ、はたから見たら普通のJKと呼ばれる輝かしい日常を送っていた。






でも、家に帰ると、母親の顔色を伺いながらできるだけ怒らせないように、関わらないように、息を潜めて過ごしていた。

日常的に、殴る蹴るなどの身体的虐待、「お前はダメだ」「出来が悪い子」「どうしてそんなことも出来ないの」「要らない子ね」などと心理的虐待を与えられ、精神的にはかなり参ってた。




いつしか、癇癪や、パニック、過換気、手の震えや、顔面のこわばりが頻繁に起こるようになっていた。



でも、それでも、学校では、普通の子。
それを周りに相談する勇気も、誰かに愚痴として漏らすことも、出来なかった。



そもそも、そんな家庭がおかしいということに気がついたのは社会に出て大人になってから。



そりゃそうだ。
誰にも相談してこなかったし、ほかの家庭を見ることも人に比べて本当に少なかった。(幼少期から友達の家に行くのは禁止。自宅に招くのも禁止。内緒でいったのがバレた時なんてそれはもう地獄)



その名残か、今でもほかの家庭に触れたことが殆どない。彼氏もいたことはあったけれど、家族の話などは私が故意に避けてきたので、相手方のご両親がどんな人なのかとか、その彼がどんな育ち方をしてきたかなんて、聞こうともしなかった。



私にも親族はいるけれど、かなりお堅い家柄なこと、親族揃って優秀な人ばかりなこと、うちの家庭はかなり身分が低いこと、そんなモンスター達が揃う場で、母親が粗相をすることなど有り得なかった。






学校と家とでは全く違う子を演じていた。

今となっては、癇癪を起こしまくる家での私と、誰にでもヘラヘラにこにこして、スクールカースト上位を保った学校での私の、どちらが本当の自分だったのかなんてわからない。



ただ、沢山の嘘をついて、沢山の誤魔化しをして、ひたすらに自分は幸せだと思い込んでいたのは事実。







家の事を聞かれたこともあっただろう。
その度に嘘をついた。
その度に偽りの笑顔でごまかした。






何よりも、他人から自分が不幸だと思われることが恥ずかしくて悔しくて、そして、許せなかった。


いつしか、感情をすべて心の中に押し込めて押し込めて、言いたいことも言えずに同調するだけのロボットになってしまっていることに気がついた。



幼いながらも気がついてはいたけれど、
後戻りができなかった。




そんな中、あることがきっかけで、1人の心療内科医に出会う。



そのお話は次の記事にします。








ここまで読んでくれてありがとうございます。
自分の過去の話を、思いを言葉にするのって難しいんだなって改めて感じています。


少しでも気になったらフォローしていただければ幸いです。

これからもよろしくお願いしますショボーン




えふ