息子が誕生しました!


予定日より3ヶ月も早い出産になり
NICUにお世話になっていますが

今のところ特に何も問題なく
元気に過ごしています✨🌈







⁡(小さな小さな足が可愛い)










夜中も起きて3時間ごとに搾乳し、息子のところに母乳を届ける…というような形で入院中は過ごしています。



体力的には寝れずに疲れてしまいますが、
全然苦にならず、息子が愛おしくてたまりません☺️



母乳を届けるたびに息子に会うことができるのですが、

寝顔が愛する夫に激似で微笑ましかったり…

ほくろを発見したり…

こちらを見つめてくれたり…

モゾモゾ動く姿が可愛かったり…



愛する人との子供って
こんなにも愛おしくて幸せを感じさせてくれるんだ!!…と感動していました。






出産を通して様々な学びがあったので
記録として残そうと思います(*^^*)


これから妊娠される方やご出産される方にとって少しでも役に立てれば嬉しいです。

また同じように早産になりそうで不安でいっぱいな方の希望になれば幸いです。





  緊急搬送

9/5 日付が変わった時からお腹が痛くなり、出血がありました。
(後から知ったが陣痛だった)
(出血はおしるしだった)


9/6にかかりつけの産婦人科に行くと
子宮頸管8ミリ(いつもなら約5センチ)
子宮口1センチ開いている
とのことで緊急搬送されました。




今まで特に何も検査に引っかからず
順調だったので、突然のことに驚きました。

決められた妊婦検診以外にも、
気になることがあればすぐに病院に行くようにし
その度に内診やエコーで確認してもらっていました。



順調でも
健康でも
検査で何も問題がなくても
頻繁に診てもらっていても

突然、その時はやってきます。




要は、こればっかりは防ぎようがないんです。


いくら気をつけていても
いくら健康でも
いくら何も問題がなくても
いくら頻繁に診てもらっていても

その日は突然やってきます。



感染症、絨毛膜羊膜炎、円錐切除を行った…など
原因が明確ならば治療や防ぎようがありますが

私のように特に何も問題がないのに、お産が早まってしまう場合もあります。






  入院


点滴生活が始まり、
2日後の朝には子宮頸管も8㎜が3㎝に回復し
そのまま点滴を辞めることができました。


点滴をやめると“張り返し”というのが
起こると言われていましたが
張り返しもなく何も問題がなく
1日が経ちました。



最初に点滴をする際に

実を言うと切迫早産はいまだに原因不明で医師の私が言うのもあれですが、張り止めの点滴も焼石に水です。いまだによくわかっていません。やらないよりやった方がマシな程度です。早産になる人もいれば持つ人もいる。その違いはわかりません

そう医師から言われました。





私が今回の経験や沢山調べた結果
“こうなんじゃないかな”と思ったことは…


①ただただお腹が張っていた人は点滴や薬で早産を止められる


②感染症、絨毛膜羊膜炎など原因が明らかな人は治療で早産を止められる確率が高い


③赤ちゃんが産まれたがり陣痛が起こっている人は(陣痛は赤ちゃんの準備が整い、赤ちゃんがホルモンを出さないと起きない)点滴や薬で止めても、それをやめれば早産になる


①〜③のパターンがあるということです。



①と②は入院生活や治療で早産を食い止められる確率が高いですが

③は難しいです。
それは、赤ちゃん次第 になってしまうからです。






私は、自分は①だと思っていたのですが
③でした。

それが9/10に明らかになります。




③の特徴は点滴や薬を辞めても『張り返し』がないことです。

なぜかというと、もともとお腹が張っていたのではなく

陣痛が起こっているのをお腹の張りだと勘違いしているから。


そもそもお腹の張りではないので
点滴や薬をやめても張り返しがない。

点滴や薬で『お腹の張り』ではなく『陣痛』を止めている状態。

そのため、点滴や薬をやめると
赤ちゃんのタイミングで陣痛が起こるようになります。






  突然の出産

9/10 夜中の2時過ぎに
お腹が痛くなり起きました。

診察してもらうと…


👨‍⚕️赤ちゃん準備バッチリ!産まれたがっているよ!もうこれは止めないで産みましょう
そう、突然告げられました。笑



勿論わけがわかりません。
まだまだ産む気もありませんし、
“予定日”に当然のように“普通に”
出産できると思っていたので
心が追いつきませんでした。
👨‍⚕️赤ちゃんは生まれる気満々。経過良好で、準備万端みたいです
固まる私に医師はそう言いました。





緊急搬送時に他の医師から
『もし出産になったら、赤ちゃんへの負担を減らすために帝王切開になります』


そう説明されていたので、
未熟児なので帝王切開ですよね?
そう聞きました。




…するとびっくり!!


👨‍⚕️いえ、自然分娩でいけますよ!赤ちゃん元気いっぱいなので自然分娩が逆に良いです



心の準備ができていなかったので
自然分娩はとても怖かったです。



私にちゃんと産めるのか?
不安と恐怖でいっぱいで
できることなら帝王切開で赤ちゃんを取り出して欲しい…。


そんな風に思ってしまいました。


その気持ちを伝えると、
👨‍⚕️いきなりなのでそうですよね。
でも、お産は赤ちゃんのタイミング整わないと陣痛は来ないんです。
だからこれは赤ちゃんの強い意志なんです


一説によると
赤ちゃんが出すホルモンにより
陣痛が起きるらしく…
陣痛=赤ちゃんが産まれたい!というサイン。

ここで私は③のパターンだったことに気付いたのです。







医師の言葉から、

9/5の時点で赤ちゃんは産まれたかったのだと気付きました。




薬を使ってお産を止めていただけで、赤ちゃんからしたら産まれたかったのだと。







この数週での生存率は?後遺症は?
お産の途中で赤ちゃん死んじゃわないの?
正直言って恐怖しかありませんでした。




なので私は

今から点滴をしてお産を止めてください

とも言いました。





破水していない限り
絶対!とは言えないけれど点滴でお産を止めることができる。

ずっと点滴をしていれば、出産を伸ばすことができます。(その分副作用も強くなるが)





👨‍⚕️順調すぎるので、今産めば安産確実です。赤ちゃんも準備が整っているので、お産を止めるよりも産んだ方が良いかと思います。この先どうなるかもわからないので…





命がかかっている決断





恐怖や不安で頭がいっぱいだったのですが

ふと思ったのです。





素人の私よりも
今までたくさんのお産に関わってきた
医師の方が正確な判断ができる。


それに、もし本当に危なかったり
高リスクであればお産を止めることだろう。

もちろん早産はあらゆるリスクがとても高くなるけれど、現代医療は凄く、そこまで心配がいらない。


だからこそ、医師は私の目を見て、堂々とまっすぐお産を勧められるのだろうと感じました。





それに、

赤ちゃんはこんなにも
強い意志を持って準備万端に整えてくれている…。




正産期に産んだとしても死産している子もいれば

病気になっている子もいる。

障害を抱えている子もいる。



わずか300g代で産まれても、何も障害なく、元気にすくすく成長している子もいる。




どんなに気をつけていても事故に遭うし

どんなに健康に過ごしていても病気になる。



毎日元気いっぱいに過ごしていても、次の日には命を落としていることもある。




生きる

ということは、理論で語れるものではい。




こうしたから病気になった
こうしたから死産になった
こうしたから障害を抱えることになった
こうしたから命を落とした


こうしたから、こうなった


そんな理由なんてない。




こればっかりは、

なるようにしかならない。





母として、どんな運命になろうが
それを全て受け入れよう。
どんな結果になっても
全てを受け入れ、前向きにできることを
全力で取り組んでいこう。
この子の命がある限り、
幸せいっぱいに満たせるよう努力していこう。
そんな覚悟を持てました。





『産みます!頑張ります』
そう医師に伝えました。





  赤ちゃんの強い意志

👨‍⚕️驚くほど順調なお産です。赤ちゃんと息ぴったりです!
子宮口が全開になるまでの間に
何度もそう言われました。



もちろん私が赤ちゃんに合わせられているわけではありません。


“赤ちゃんが私に合わせてくれている”



それだけの『産まれたい』という
強い意志を感じられ
私自身も覚悟を持てました。




そして、赤ちゃんは大人よりも賢いのではないか?と感じました。


赤ちゃんにもきちんと意思があることは、赤ちゃんがお腹の中にいた時から感じていました。






出産は二人三脚


自分1人の意志でできるわけではなく
赤ちゃんの意志も必要です。

赤ちゃんが産まれたがらないと
なかなか陣痛が来なかったり
お産が長引きます。


スムーズに生まれるということは、
それだけ赤ちゃんが強く『産まれたい』という意志があるからこそ。



結果、4時間の安産でした。









  本当に大丈夫だった



未熟に産んだことに、最初は不安がありました。

でも、医師から『赤ちゃんの準備が整わないと陣痛は来ない』と言われて…



強い意志で生まれてきてくれたのだから、お腹の外で生きられる準備がきっと整っているはず。

赤ちゃんも馬鹿ではない。
ちゃんと考えて生まれてきているはず。


そう、赤ちゃんのことを信頼することにしたのです。

そこから不安に思うことがなくなりました。





小さな未熟な身体でも
誰の力も借りずに下から無事に生まれてきてくれた。

途中で力尽きることもなく
ちゃんと外に出てきてくれた。

それだけで、凄く奇跡だと思うんです。



それだけで凄く奇跡なのに…
産声をあげてくれ
本来なら人工呼吸器が必要な数週なのに
それも必要なし。

更には数週にしてはとても珍しく
体重が1000gを超えていて…


生きるために赤ちゃんは
ちゃんと準備をしていたのだと感動しました。







1日に2回担当の看護師さんや助産師が入れ替わり、それも毎日入れ替わるので

14人以上の看護師さんや助産師さんと関わりました。




皆さんが口を揃えて仰っていたのが




今の医療は凄いから、大丈夫だよ


今は500gでも大丈夫!300gが境目


任せていれば大丈夫だよ


なんとかなるよ




『安心して大丈夫だよ』

とのことでした。





言葉の通り、



72時間の壁を超えられ

脳出血もなく過ごし

本来なら閉じるまでに1ヶ月近くかかると言われていた動脈管も1日で閉じ(息子の生命力半端ない…)

母乳もきちんと消化できていることから毎日飲む量を順調に増やせている


産まれてから1度もトラブルや問題が発生していない。



…赤ちゃんの生命力は驚くほど凄いです。






それに、なんらかの問題が起きても
現代医学の力でほとんど治すことができると言われています。







  生きることに保証はない












正産期に産んだとしても死産している子もいれば

病気になっている子もいる。

障害を抱えている子もいる。



わずか300g代で産まれても、何も障害なく、元気にすくすく成長している子もいる。




どんなに気をつけていても事故に遭うし

どんなに健康に過ごしていても病気になる。



…そう話したように
こればっかりは“なるようにしかならない”








ネットにはいろんな情報があるけれど


全て当てにならない


それは、なんでかというと

“生きる”ということは
ひとりひとり同じではないから

全て違うから。



だから、その情報に当てはまるとは限らない。なんとも言えない。



それにネットに出てくる情報は
リスクばかりを語っている。





でも、どんなことにもリスクはつきもの。


妊娠する時点でリスクだらけだし

そもそも

生きているだけでリスクだらけ。




明日、事故にあって死ぬかもしれないし

突然の心臓発作で助からないかもしれない。





正産期に産んだとしてもリスクがあるし、

全てにリスクはつきものだから


リスクがあって当たり前




だからこそ、

リスクがあることを怖がったり、恐れなくて良い。

あって当たり前のことだから。




リスクの確率は低ければ低いほど良いと思うけれど


リスクが低かったとしても、所詮なるようにしかならない。



リスク10% でも、


10人に1人はそのリスクを負うことになるのだから、

リスクが低いからと言って安心なわけではない。



生きることに絶対の保証はない





だからこそ、
不安になっている時間がもったいない。

色んなことを調べても、生きることを保証されるわけではない。

なるようにしかならない。



それならば、
今日一日を幸せいっぱいに生きた方が良いと思いませんか?






  幸せってなんだろう




『早くに産んで赤ちゃんにも負担かけ

(夫)や家族には心配かけてごめんね』




そう一度だけ謝った。





そうしたら夫は、



そんなの何とも思ってないよ!

むしろ華が1番負担と不安が大きかったんだから皆心配してるよ




そう言ってくれた。




周りの人に1人もネガティヴなことを言う人がいなかった。


心配や不安を嘆く人もいなかった。




それよりも、

無事に産まれてきてくれたことを喜んでくれた。会えるのを楽しみに過ごしてくれている。











産んで9時間後に、息子と会うことができた。


頑張って頑張って生きているその姿を見て、



もう謝るのも負い目を感じることも絶対にやめよう


そう決意した。






息子が生まれたことに

どうして悲しんだり負い目を感じないといけないのだろう??


そう疑問に思った。



負い目を感じたり悲しんだりすることは、

早く産まれた息子のことを“不幸”だと見下していることになる。




幸せか、不幸か なんて

誰かがとやかく決めることではない。


それは、親の立場であってもそう





幸せを感じるのは本人であり
本人の気持ちは本人にしかわからない。



これだけ一生懸命に産まれてきてくれて
精一杯、生きているのに

可哀想・不幸だと思うこと自体が間違っているし、ただのエゴの塊でしかない。


心配は呪いになる。




それよりも、


産まれてきたことを全力で祝い
喜び、幸せを感じ
本人のことを信頼し続けて見守ることが大切だと思う。








世の中にはたくさんの“こうあるべきという形”が存在する。



はやくに亡くなったら不幸

…本当に??



死産したら不幸

…本当に??


流産したら不幸

…本当に??


障害を抱えたら不幸

…本当に??




不幸か、幸せか 決めているのはいつだって自分自身。




つまりは、


その自分が決めているものを変えれば、今すぐにでも幸せを感じられるということ。






私は“こうあるべき”
というものを沢山持っていたということに、今回の出産を通して気付きました。





こうでなければ幸せではない
こうでなければ不幸だ


そんな“形”が自分の中に沢山あるなと。







指もちゃんと5本あったし、目も腕も足もちゃんと揃っていて、耳もちゃんとあったね!!それだけで充分だよ。立派に産まれてきてくれた。有難いね


夫の言葉から
多くの“こうあるべきだ”という形を持っていた自分自身の愚かさに気付きました。








息子には息子本人の人生があり

親や世の中の“こうあるべきだ”という形に当てはまるために生きているわけではない。






他人に『あの人は幸せに生きているよね』そう評価されるため、認められるために生きているわけではない。






こうあるべき

という、ちっぽけな形を捨ててみると

目の前のこの人生が今まで以上に輝き始める。







こうだから幸せ
これを手にしたら幸せだから頑張る

…というような生き方ではなく



どんな自分でも
どんな状態でも
どんな出来事が起こっても

幸せだと感じられる心を育む生き方をしていきたいと思いました。


生きる ということは
保証のない人生を歩む ということ。



だからこそ、
形を手に入れようとするのではなく

心を育んでいくことが必要だと思うのです。