当日14時から空港前のレンタカーを借りて早速 ど~ォーしても行きたい枠に入っている
旧第一国分海軍航空基地だった国分駐屯地へ
行きたいところ満載過ぎて、多分4泊5日では難しそうなので、外せない場所として幾つかピックアップした中の1つ・・・
受付を済ませ、いざ!
駐屯地内を広報隊員の方が、案内説明してくれながら、
薩摩隼人記念館へ
明治から現代のサマワ派遣迄の資料が展示して有りました
写真撮影は、借りているものも多々あるので禁止・・・残念すぎる![]()
オイラ的には撮影禁止の館は写真資料集なんて出してもらうとありがたいんだけどな~
穴が開くほど見たかったりする・・・・へっ。へっっ。変態![]()
だってね。愛新覚羅溥儀氏を真ん中に、陸・海が集合した記念写真とかあったんだもの・・・・・
それに沢山あり過ぎてわすれちゃうよぉ~
記憶力もっと欲しい~切なぁい
その収益で維持費とかにしちゃえばいいのに
まあ、作るまでお金と労力必要なんだけど
価値は充分あると思うんだが・・・・(欲しい人沢山居ると思うんだけどなぁ~)
国分駐屯地(旧第一国分海軍航空基地) 昭和17年ごろ農地を収用し、飛行場建設
主任務は 作戦・操縦教育
昭和18年出水海軍航空隊が設けられ19年8月15日国分海軍航空隊として開隊し、
連日隊員の基本的な練習やトカラ列島の仲之島を敵艦と見立て急降下爆撃の訓練を重ねた所でした
昭和20年初め敵軍沖縄に迫る頃 天号作戦・菊水作戦に備え、鹿児島県下の海軍基地は実施部隊の展開が推進されるように成り、譲渡されることに・・・
海軍特別攻撃隊の基地として使用され、第一国分基地とこれから行く第二国分基地から特別攻撃し、
427人の 若い英霊が、逝きて帰らざる壮途につき、祖国の危急に殉じました。
また、昭和20年4月17日 鹿屋海軍航空基地から343航空隊(防空任務部隊)が移動してきた地でもあり。
同月21日戦闘407 林隊長が出撃した最後の地です
林隊長が荼毘にふされた場所にも参るのでちょっと触れてみました
駐屯地正門より道を挟んで左側に司令壕跡地特攻機発進之地 慰霊碑が建っています
特攻碑傍の桜の花が5.6分咲きくらいで綺麗だったのが印象的でした
今は、神社になってる無線壕跡へ
行くと神社手前左の小さな広場で、じいちゃまが小さぁーーい可愛い犬をお供にゲートボールの練習をしていました
しばし、かわゆすぎるワンちゃんとジャレテしまいっっっほのぼの
埋め立てられた為か小丘?になっています
慰霊碑もありました
近くに、発電所跡のコンクリート建物が残っている筈なんだけど・・・
再度空港の方へ戻って上床公園に行きたかったので、ちょっとだけウロついて見つからず、上床公園へ
凄く強行だぁーオイラ・・・
そ・し・て 上床公園
現鹿児島空港と隣接していた国分第二飛行基地から飛び立った十三塚原海軍航空隊、英霊の慰霊碑です
第二国分基地は、飛行隊のためではなく、悲しいかな・・・戦争末期に特別攻撃隊のために出来た基地・・・
リンクの写真を見ると、なんじゃこれわ・・・と云うくらい誘導路や滑走路・・・
海軍航空基地なのに、海軍のモットー スマートで・・・が
この航空写真からは見受けられない・・・・
そぅ感じてみると、緊迫した当時の様子を垣間見てる気がして・・・あっコレ私の私観なので突っ込みせんで下さーーい
滑走路のコンクリート片もありました当時は水の乏しい高台でコンクリートを練るのに水を大変な労力で運んだようです。
そしてこちらは零戦プロペラ戦後20年余り過ぎて海底から引き揚げられたものです。
凄い衝撃だったんだなぁと、硬い硬いプロペラ部分が曲がっているのを触れて見ると、感じ取れます
写真は明るく加工してあるけど、もぅ時刻は18時近く・・・
そろそろ、連泊予約してあるドーミインに・・・
ちょっとまだ寄りたいところが有ったけど今日は断念して・・・・
そしてこの日の夕飯は天文館の山内農場
三岳ウマかったぁー
また酒かよっ自分っ




