まぁ・・・誰も読んで無いべ・・・←ひねくれw
曽於市に向かってる途中、これ・・・台風?ってな位の土砂降り&暴風・・・
だめだ・・・このまま走れない・・・前見えん
でも、しばらくすればこの風だから、止むと読んでwコンビニで一休みすることに・・・
しばし爆睡
1時間30くらいで台風のような雨が落ち着き、空と相談した結果、さぁ発進するかねェーってな
訳で
此処は、芙蓉部隊最後の出撃地・・・・
芙蓉部隊美濃部正少佐が書いた本を読みたいと思いつつ、でも、悲しいかな・・・今は手に入ることは、ラッキーでしかない本、オイラ・・・まだラッキーな人に成れてません
最後まで夜間攻撃で戦った部隊・・・昼間は一面に青い刈り草を敷き詰め、牛を放牧・・・敗戦まで米軍に気付かずにいました
ゆえ、秘密基地とも、言われたりしています
どぅもね・・・地元民も知らなかったみたいです・・・ソレすごくないですかい?
よく、特攻作戦を拒否した部隊、美濃部正少佐という言われ方をされていますが、調べてると、そぅいぅ言い方は、とぉ~っても疑問・・・
「ねずさんのひとりごと」というブログでも詳しく紹介されています。
興味のある方はドゾ
下に美濃部空将を紹介した動画見つけたんで張っておきます
恵の雨
いあいあ、台風並みの豪雨&風のおかげで、巡るのがすっかり番狂わせで、近くに残る戦跡を歩いたり、クンクン臭いを?辿れず、そのまま、松山城址の二ノ丸へレッツラゴーしたオイラ・・・むっむなしいっ(/_;)その途中、偶然見つけた芙蓉部隊宿舎跡・・・
また来いよwと言われた気がして
勝手な妄想スンマセン


ほんの少し移動をして志布志市松山町の松山城址にある神州不滅の碑へ

大東亜戦争末期、沖縄陥落壇後米軍の本土上陸が現実味を帯び始め、本土防衛のために、ここ松山城址に大日本帝国陸軍第86師団積兵隊は志布志湾上陸に備えて、この地を邀撃最前線基地として陣地を構築しました
か・・・昭和20年8月15日敗戦となった
当時の芳仲師団長は、">
戦争には負けても日本(神州)は滅びないと昭和20年の初秋この碑を建立しました
さてさて、日も暮れ、鹿児島市内に戻るかねっ・・・
この日は、桜島に渡ってから、オイラの血が騒ぐ山道クネクネ

の峠?からここまで・・・台風並みの雨風に目は疲れちゃうしw
日暮れだと乱視のせいで見にくいので(大事な眼鏡わすれた
あっでも、違法者ではないですぜっまだ辛うじて眼鏡もしくはコンタクト・・・までは行ってませぇん
でも・・・免許書き換えの視力検査はギリギリなんだぉ
急いで山道グネグネを避けて帰りました
そして・・・今日はアメーバーでの最初のピグとも師匠に教わった一成で食事
なに?このもつ鍋!!!コテコテ全然してなくて、プリプリだわっ
そしてこの、にんにくのうまぁ~いダシ汁っっっっ
これ、神奈川では食べれませんっ
ほぉーして師匠に勧められた村尾君っこれまたなんですかっあ・な・たぁーーー
オイラね、基本なんも入れずにストレートなんだけど、家帰ってイモ焼酎はお湯割りが基本と、鹿児島で教わったのでお湯割りにしてみたら…・
ヤバイこれっっっネ申!です
コストコで売ってたけど、やっぱり現地より高いので買うの止めたけど・・・
誰か…ワシにプレゼントしてくらはぁ~い


