親友でありベーシストの栗林学が亡くなりました

まだ28歳でした

お通夜、告別式を終えてもう一週間とちょっと
亡くなってからは二週間とちょっと

いないのが不思議な感じで

本当に亡くなってしまったんでしょうか
まだ正直よくわからないです

きっとこれからも
よくわからないと思います

落ち着いたら何か書こうと思っていたのですが

結局何を書いたらいいのか分からないので

ダラダラとつらつらとポツポツと。。


私は彼の事くりちゃんと呼んだり
まなぶと呼んだりしてて

くりちゃんは私をえろみと呼んでいて

古い友達はみんなえろみって呼ぶんです

音楽の専門学校からの付き合いで

長いようであっという間な10年間

色んな事があったな

まなぶの事をあえて言うならどんなカテゴリーかなんて考えた事もなくて
ただ今回の事であえて言うなら
こんなに仲良いなら
親友と呼ぶんだろうなって

でもあいつをわざわざ親友って呼ぶのも変な感じ

ただ男女の枠を超えて、特別に仲よかったな

そうそう、くりちゃんが「えろみは、男、女っていう枠じゃなくてえろみっていうジャンルだ」って私に言ってくれたの凄く嬉しかったな

それからよく私をぶっ飛んでる奴だって言ってくれてて、人に紹介する時も。嬉しかったな。

よく家にも終電なくなった~つてよく遊びに来たり。行ったり。

私酔っ払って迎えに来てくれた事もあったなぁ

よく「これ絶対えろみ好きだよ!」って聞かせてくれた音楽や一緒にみた映画やお笑いや漫画は全部本当に私が大好きになって

私の好みのツボを知ってて

年越し
何回一緒にしたっけか?
今年もしたなぁ
みんなでグダグダアニメ見たっけ。
誕生日何回祝ってくれたっけか?

私がいつだか自分の誕生日にコスプレパーティー企画して
オタマと鍋だか持って何故かコックさんのコスプレしてたっけ
お台場のテラスで祝ってくれた事もあったっけ

軽井沢旅行は~まなぶ、ももこ、たかお、私の四人では二回かな

何故か二回とも大富豪で負けたら一筆ガキを朝方までやって

まなぶ弱くて凄い顔になってた

ライブの打ち上げでウチで飲んで
やっぱりゲームで負けたら一筆書きとかして

その顔のままみんなでメイク落としコンビニに買いに行って

それから
あれはまなぶの誕生日だっけ?ケーキなげあったの

それから

勿論良く飲んだし

良く愚痴を聞いてもらってた

私がミニスカートを履くようになって周りがビックリする中「えろみはどんな見た目でも何をしても変わらない。お前はお前だ」って。嬉しかったな。

何故かウチラはメールが出来なくて
でも指定受信めんどいから電話でいいやっつって

なんかあればここ数年は全部電話だった

くりちゃん実家なのに朝くりちゃん仕事行っても、ももこと二人で爆睡して、昼ごろ起きて、お兄さんとかいるのに勝手に風呂入って勝手に出前とか取ってたなぁ

もう
なんだか
こうやって思い出すと色んな事してもらってばっかり。

それに一緒にいた事が多すぎて全て思い出せない。

そうか
ステージだって何度も一緒にやったな。

私のやってる自由即興は普通の音楽とは全然ちがくて
普段のベースは全く引かせてあげられないよな音楽で

でも勉強になるって

脳みそ汗かくとかいって、毎回色んなアプローチをしてくれたりして

お寺で一緒にパフォーマンスライブした事もあったね

楽しかったなぁ

楽しかった


。。ばかやろう



でも

最後じゃない

最後じゃない

最後じゃない

最後じゃない

最後じゃないよ

お前はこれからも生きていく

色んな形で生きていく

お前を愛する全ての人が栗林学を生かしていくから


だから最後じゃない
だって忘れたくても無理だから

それに学はあんなに沢山の人に愛されているから

まなぶの分も生きてくれる家族は勿論、ファンや仲間めちゃくちゃいるから

真っすぐ真っすぐ真っすぐ
純粋に
優しく、愛に溢れたくりちゃん

お前が一生懸命、生きたように

私もこれから、まなぶの分も一生懸命生きるから

私と共に生きてこうな

みんなと共に生きてこうな


大好きなくりちゃんへ
えろみより



写真は
デザインフェスタに一緒に出たとき
誕生日のケーキ投げした時
ライブの打ち上げの落書きゲーム大会
いつかの初日の出

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