幼い頃、

母はよく、父である人から怒鳴られたり暴力を受けていた。

訳アリな世帯ばかりが軒を連ねる長屋の集落。その中の大人は皆どの人の顔もいつも怒りとやり切れなさを含んでいた。

筒抜けな土壁を挟んで隣の家から怒鳴り声や悲鳴が聞こえても、"どの家にもよくある事だ"と大ごとにはならない。

大丈夫だからと眠るように促されても、すりガラスの引き違い戸の向こうから罵声や物が散乱する音が聞こえると、それは布団に潜り込んでも否応なしに聞こえていた。

母をかばいに飛び出してゆくと、子供でも容赦ない人から私をかばうため、母は私の上に覆いかぶさるようにうずくまり、私の耳を押さえていた。

怖さに震えながら至近距離での罵声は、母に押さえられていた耳からはまるで水中のような聞こえをしていた。



2年ほど前から、私は右の耳の聞こえが良くない時がある。

今では良い時と良くない時の違いにも気付けない時もある。


罵声を浴びせられる時、あの時の感覚が戻ってくる。

聞こえてはいるけどなんだか声も心も遠く遠く、相手が遠のくというよりも自分が自分から離れていくような感じになる。

母も同じように私を覆う毛布のように肉体をそこに置き、心は離れていたのだろうか。

娘である以上、いつか母に聞く時があるのだろうか。

あの時、貴女も心が閉じていたのかと。


いや、でも、やはり聞く事はないだろう。

彼女は泣いてしまうだろうから。