かなり情緒不安定な時期がやってまいりました。

あがったと思ったらがくんと下がる、を一日に数回繰り返すので、今までの薬+頓服の薬を飲んでいます。

私は春と夏が大嫌いです。

春は桜や満開の花を見ると気分が悪くなり、夏は暑くて気分が悪くなります。

こんな生活は中学生の頃から続いていて、まだ治りません。

社会人になってつらかったのは、お花見。

何で気分の悪いところにお酒を飲まなければならないのか。。。

桜単体は別に嫌いではありません。

なんというか、あの圧倒するほどの数の花が付いている状態がつらいのです。

きっと好んで桜を見ている方が多数だと思いますが、こんな奴もいるんです。。。

アウトドアが好きな方も多数だと思いますが、何でわざわざ外でご飯食べるのか理由が分からない奴もいるんです。。。

あまりにも外に出ない人間を、「楽しいから!!」と外に無理やり連れ出そうとしてくれる方もいますが、その行為がめちゃくちゃ辛く感じる奴もいるんです。。。

これは決して、ノリが悪い、訳ではありません。

私も場所によっては、ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ!!!(←喜んでいます) って思うこともあります。

好きな現代アーティストの個展があれば、どんなに人が多い街で暑い時期に開催されていようと一人で見に行きますし、そこで嗚咽を漏らすほど感動する迷惑な女です。

誰が、どんなものでテンションがあがるかは人それぞれです。これは今治療真っ最中の私にも当てはまります。

とにかく興味があるもの以外、興味が無いのです。。。(当たり前ですが)

普段私はテンションが高い方ではありませんでした。

だから、テンションが上がると一気に頂点まで行ってしまうのです。

テンションが上がっているときも、あまり外に出ないので、必死になっている挙動不審な人間にしか見られないのですが。。。

こういうタイプの人は、決して私だけではないと思っています。

親友の景も、同じタイプの人間ですし。だから親友でいられるのかもしれません。

景は、過去同じ病気を患っていたのですが、完治した後、桜を見ても平気になったと教えてくれました。

早く春と夏が平気な身体になりたい。。。

というわけで、また実家に戻ります。

戻ってまたジョジョ読むぞ★


親友の景が、旦那の事で物凄くストレスを感じているようです。

どうやら、旦那は、景の家がとても厳しく、躾としてさまざまな事が理解できないらしいのですが、私から言わせると、お前の方が常識が無いむかっと思います。

景のお母さんは、旦那のことをよく思っていないようで、同じく私の母もよく思っていません。

籍を入れて、二人で暮らし始める前に、既に新居に住んでいた旦那は、子連れの友達を招きいれ、部屋を散らかしたそうです。

……何故子連れ。しかも子供はまだ赤ちゃん。まだ暮らす前に、他人が新居を散らかしたことが許せないと、景はばば怒りでした。

子連れの友達は旦那の友達であって、景の友達ではありません。

しかも景たちにはまだ子供も居ません。

赤ちゃんのお世話でお母さんは息抜きしたいと思う気持ちもわかります。

でも赤ちゃんを連れて、友達の家(しかも新婚)に連泊する気持ちは分かりません。

私なら絶対しません。。。

景も一緒に暮らし始めて、まだ4ヶ月。

なのに新居には旦那の友達が延べ8人も泊まったそうです。

新婚やのに、何をしとんやお前は>景の旦那

景の承諾を得ずに勝手に泊めまくる旦那に、とうとう景は切れました。

が。

旦那は全く分かっていないようです。

今度、景達は身内だけで結婚式をするのですが、それすら「景がしたいからする」という態度。

景の家はとても厳しく、親戚達への顔合わせをするのと一緒に、ちゃんと式を挙げるという事がとても大事なお家です。

そんな景をお嫁にもらったのですから、お嫁さん側の事情を理解するという行動が必要だと思うのですが、旦那は「それは常識ではない」というスタンスを変えないそうなのです。

何故旦那の母親が洋服で出席しようとしているのか。

そんな結婚式に出席したことが無い私には、旦那の言っていること自体が理解できませんでした。

お前、まさか自分の子供のとき、普通のスーツで出席する気か。

常識って、人それぞれなのでしょうか。。。

でも最低ラインってあるんじゃ。。。

今度、景の旦那の愚痴大会をやろうと思います。

一旦診察のために戻って参りました。

実家では母との攻防が体力減退の原因となり、1日車で外出することが日課でした。

ふすま文化という言葉を聞きますが、私には苦痛でしかなく、外に出ている間に母がこっそり私のものを触った日、とうとう爆発してしまいました。

しゃーない。触るなって4~5回言ったもん。テレビをつけっぱなしで寝たいって何度も言っても、朝起きたら勝手に消えているのを見て、私はまた夢遊病をやってしまったのか!? と驚きとショックで一日呆然としました。

自分の身に覚えのないことが起こると、とりあえず自分を疑います。

お薬を飲んで、朦朧とした状態になった時、朝起きると食べた覚えの無い菓子パンのビニール袋や空になったペットボトルが転がっていることもしょっちゅうだった私は、とにかく自分が何かしたのかを確認するようにしています。

それが第三者の仕業かどうか、そんなのわからんってば。。。

でも、実家では車に乗るので、車の中はとても楽しかったです。

自分の好きな音楽聴きながら、特に目的地も決めずうろちょろして迷子になったり★

行きたかった場所を通り過ぎたり★

そこはとっても楽しかったので、次の診察後、また実家に帰ろうと思います。

でも、門限19時ってなによプンプン

三十路やぞ、娘は爆弾

23時に帰った時は、母からの着信の嵐でした。

やから、あなたの娘は三十路ですからメラメラ

同じ病気にかかってしまった会社の先輩から、会社を辞めたと連絡がありました。

大パニック。

御返事するのに3日かかりました。

実は、その数日前、退職金のために某保険に加入するよう、会社から申請書が送られてきていました。

勿論、新規加入のための問診票がついており、注意書きで「もし『はい』以外(病歴がある場合)がある時は、会社に相談して下さい」というメモがついていました。

診断書、会社に提出してますが。

で、大パニック。

嘘はどうしても書けなかったので、父に相談してみました。

すると、父は言いました。


「正確に書いて提出しなさい。それでもし会社が『はい』で書き直せって言ってきたら、クビ覚悟で内部告発しなさい。


特大パニック。

お願いですから、私に静かな生活を下さい。

で、今日から実家に行く事にしました。

しばらく静かな生活を送って来ます。

ご飯に全く執着がなくなり、飴やアイスクリームばかり食べていたら、身体がとてもしんどくて、眠れなくなりました。

こんなにしんどいのになぜ眠れないのか。

院長にちょっと強めに薬を出してもらって、いざトライすると、やっと原因が判明。

眠れないのはご飯ちゃんと食べていないからでした。


 ご飯を食べない

   ↓

 食べないから動かない(だるい)

   ↓

 運動する気力がなくなる

   ↓

 運動しないから眠れない


頑張って食べる量を増やしたら、ちゃんと眠れるようになりました。

よかったよかった。

でも、何故体重が痩せなかったのか。

それだけが謎です。


院長に会いに行ってきました。
3ヶ月分の診断書を頂きました。
ショックで数日寝込み、報告をするべく実家に電話をしたら、父が出ました。
母は、ショッピングに出かけたというので、診断書の事を報告すると、父が言いました。

「お父さん、明日手術。」

・・・・・・は?
勿論初耳です。
父は、数年前心臓の手術をしており、その関係で再手術が必要とのこと。
そしてぺそりと「成功する事を祈ってて。」と言う父。
・・・・・・母、そんな日の前日にショッピングするなよ。
名古屋に行った時買ってきた熱田神宮のお守りを思い出し、「祈ってます。お守りが役立つといいな。」としか言えませんでした。
その後、父は私の状態を質問しつつ、何度か手術の話を挟みこんできたので、相当父も不安なんだろうな、と思い、母が帰宅したころを狙ってもう一度電話をしてみました。

「あ、ごめん、手術の事、今からメールしようとしてたけど、電話の方が良かった?」

・・・・・・今、20時ですが。
今からですか。今からですか。(大事なので2度言う)
父が手術の事を不安がっているのでは、と聞くと、母は朗らかに「お父さん、小心者だからね★」と。
母・・・・・・。
大丈夫か、父・・・・・・。

不安で私が眠れませんでした。

おかげ様で、父の手術は無事成功し、1週間ほど入院するらしいです。
母から、父がお守りを持って行ってくれた事を聞き、涙が出そうになりました。
父、どうかこれからも元気で長生きして下さい。

お休みをもらおうと思ったきっかけは、人間ドックで見つかった、胃炎と十二指腸炎でした。

胃炎は前年も発見されていたのですが、前回よりも悪化していたらしく、十二指腸には新しくちっちゃいポリープもどきが3つ、胃カメラで発見されてしまいました。

とにかくゲップが止まらず、酷い時には勢いで胃の中のものがリバースされるようになり、痛みと極端な体力低下に、もう限界だ、と感じたからでした。


色々検査した結果、精神的な問題が大きいと言われた訳です。

藁にもすがる思いで心療内科へ行ったら、「なんで今まで来なかったの!?」と逆に叱られたのでした。

先生の出した結論は、うつ病。

でも、正直その診断にとても違和感がありました。

何故なら、私にはうつ病を患ったことのある友達が2人いたからです。

当時、2人とは何度も話をしていたので、どんな風になるのか、ある程度の知識はありました。

そして、私の姉が極端な感情の持ち主で、ちょっと病院に行った方がいいのでは、と思っていました。

私が思うに、あの頃の姉は、受験も重なり、躁うつ病のピークで、正直なところ、今もまだ治ってないのではないかと。


で、その全ての症状に、自分が全く当てはまっていなかったのです。

私が自分でおかしいな、と感じたきっかけは、ある日突然、頭の中に常に同じ映像が繰り返し流れている事に気付いた事でした。

気付いた時も、「あれ、そういえばこの映像いつもながれてるんじゃね?」くらいの感じでした。

いつ位からかなーと思いながら、誰にも話さず1カ月が経ち、景に「そういえば」と相談したところ、「すぐ病院に行け!!」と言われたのです。

「あれ?」と思う事は確かにありました。

お客さんでボス的な女性が、あからさまに私を攻撃するので、そのお客さんの声が聞こえただけで吐いたり、同じ空気を吸うのも辛かったり。

でも、こんな話は、2人の友達から聞いた事がなかったし、結局お客さんから離れればいいんだ!! と安直に考えたりしました。


結局、診察に通って、私の病名は、ストレス性障害、それによる対人恐怖症、強迫性障害、パニック障害、睡眠障害と診断されました。

・・・・・・へー。さっぱりわからん。。。

まぁ、詰まる所、お前は病気だ、ということなのでしょう。

というわけで、もう1年以上院長にお世話になっています。

かなり波が激しく、飲む薬も沢山あるし、症状によってよく薬も変わるので、仕事復帰はまだ遠いようです。


と、ここまでつらつら書いてきましたが、結構自分はポジティブに、経験できてよかったな、と思っています。

今、精神的な病気がとても増え、ストレス社会と言われているのに、それらの病気になった人間に対しての偏見はまだまだ多いように感じます。

映画や書籍が流行ったりしても、やっぱりそれらの病気になった事のない人間には、病気になった人間が弱い、と思っている節が強い気がするのです。

私が休みを申請しに行った時、社長が散々そのようなことを言うので、「お前も経験してみろよ!!」と、思わず叫びそうになりましたが、そこは理性が勝ちました。

私の職種は精神的な病気になる確率がかなり高いのに、その職種の会社の社長が何故そこまで知識がないのか。

とても情けなくて、がっかりです。


取り敢えず、睡眠導入剤飲んでも全く眠れなくなった事を、今度院長に相談してきます★

三十路になっても、外に出るときは必ず音楽プレイヤーを持って出るまめたです。

正直なところ、中学生の頃から、何をするにも音楽をかけて生きてきたので、習慣というか癖というか、今でもそれがないと不安な身体になっているのが現状です。

かといって、どうしても会話をしなければならない状態(たとえば買い物してる時のレジなど)になると、必ず両耳外して対応はします。

それ以外のイレギュラー対応というか、キャッチの方たちなどをするーする方法として使っているのも確かにあります。

コーヒーを飲めるお店でぼーっと煙草吸いながら聴くのも大好きです。


まだちゃんとお仕事に行っていたころ、お客さんとの打合せの前は、自分を奮い立たせるために、時間の許すまでロックを聴きまくる事もしばしばありました。

つーか、仕事に行くために1曲聴く事の方がザラでした。

お世話になってるアーティストの方々に感謝。

で、なんとなーく、自分が聴いてしっくりくる曲で自分の調子が分かるようになってきました。

最悪の時は、誰の唄声も受け付けず、クラシックを丸一日聴きまくることも。

そうやって、自分をコントロールしてるのか、されているのか、兎に角わたしにとっては、音楽が結構な割合を占めているようです。


で、これの延長にテレビがあるらしいです。

今の私は、兎に角何かを聴いていないとそわそわしてしまって、テレビをつけてないと眠れなくなってしまいました。

起きた時も、何か音がしていないとそわそわしっぱなし。

景曰く、「私も病気の時そうだった」というので、病気のせいだと初めてわかりました。

早くテレビを消して寝たいな、というのが今の私のささやかな願いです。

この間、録画していた金田一シリーズをかけっぱなしにしたら、夢にいっぱいお亡くなりになった方が出てきてえらい事になりました。

個人的には、片岡鶴太郎さんの金田一が好きです。あのふんわり声は特によく眠れます。

ミソイチになると、いろんな事があるもので、とにかく色々ありすぎた分、記憶が飛んでいる事が多いです。

取り敢えず、備忘録ってことで。


1月:

実家に戻ったら、景の叔父さんが入院していて危ないと聞き、急いでお見舞いへ。

そのすぐ後、叔父さんは天国へ行ってしまった。

お見舞いへ行った時、叔父さんは、”伝説の男”そのもので、暴れるからと手をベッドに縛られ、それを取ってほしいと景に懇願し、景がバッサリ「無理」と返答している様子を必死で笑いをこらえて見ていた。

流石、生きている時から伝説を作り続けた人。私はこれからも叔父さんをリスペクトし続けます。

その後は景曰く『笑ってはいけない48時間(葬儀まで)』を聞き、大笑いして実家を後にしました。

私の結論は、『実家での療養は無理』でした。

戻って院長にそれを伝えると、思わず院長苦笑い。失礼な。



2月:

あー、もうすぐ冬休み終わるなー、と思ってたら、院長からの『復帰待て宣言』発令で診断書を会社に送りつける。

景がそろそろ結婚かも、と言いだして喜ぶも、ショックで寝込みました。



3月:

いよいよ景の結婚がはっきりしてきてまた寝込む。

景と私は幼稚園からの縁で、なんというか、お互い結構いい距離感で、付かず離れず、ずーっと友達をしてきたので、旦那が出来た後の関係がどうなるか、私の中ではかなりの不安要素だったらしいです。

・・・・・・つーか、私が景の旦那(仮)が苦手って言うだけなのですが。

お互い、男の趣味は全然かぶらないので、その点が関係良好の秘訣だったかも。

でも無理なものは無理。。。

お前が治療しろ!!!!>景の旦那(仮)



4月:

景から入籍報告。

景の旦那(仮)から仮が取れました。

ますます状態が悪化していくところに院長が突然の「薬変更」を決行。

私、治るの・・・・・・?

不安になった心の支えはもっぱら小説を読んで現実逃避。

取り敢えず、バチスタシリーズは制覇。

SPECの映画も見たぞ。

見たかった美術館にも行ったぞ。

でも院長からはまだ『復帰待て宣言』続行中。。。



で、5月に入り、まだまだ駄目人間まっしぐらでございます。

バチスタシリーズに感化され、ずっと夢だったチュッパチャプスのタワー(120本ディスプレイ用)を漸く購入し、幸せを噛みしめております。

バター飴にもハマって、飴ばっか食べてます。

当面は、「ご飯が食べられないなら、飴を食べればいいじゃない!!」の気持ちで。

年末ギリギリにインフルエンザの予防注射へ行ったら、そこでインフルエンザを貰いました。
年末から動けず、ベッドの上で朦朧としていたら、年が明けていました。

完全復活したのは10日。
鏡開きに初詣という、最悪な年初め。
厄払いのお札と、景に頼まれていた学問のお守りを買って御神籤に挑戦したら……まさかの大吉!!!
とにかく神を信じれば、病気は治るらしいので、これからも定期的にお参りに行こうと思います。

帰り、景にお守りを送るため、郵便局を探してさ迷い歩く三十路。
泣きそうな顔した三十路が「速達……でっ……」と必死に訴えるのを笑顔で受けとってくれたお姉様に感謝です。

大分体調と精神が安定したので、そろそろ実家へ行く事にしました。
これも一種の家出になるかも??