気づけばだいぶ肌寒くなって、季節はもう冬だ。
作ったモノを載せていこうと思って作ったはずのブログも放置、、、
この2ヶ月はひたすら働いていた。
働いていなかった3ヶ月が嘘のように、慌ただしい2ヶ月。
もう、クリスマスの季節に突入じゃないですか。

さて、命というモノについて。

命、なんて言葉、もう昔々から何億人もの人々が考えて口にしているような類のものだから、今さら私が考えるような内容は、何億のうちの半分くらいには該当するような言葉くらいしか出てこず、意味なんてないのかも知れないけど。

だけど、どうしてもやるせないので、ここに吐露する。


私は輪廻というモノは信じていない。
死んだあとの世界というモノは、関心もない。
私として生まれ、私として生きている今の私にしか、私は興味が持てない。

人生は、想像している以上に長く、期待している以上に短い。
人それぞれとはよく言うけれど、みんな様々な経験をして生きている。

たとえば、私の歩いてきた道。
時に稀有な出来事に苛まれ踠き苦しみ、もはや私の人生とは試練という言葉に尽きるのではないかと思うくらい、もうこんなのは嫌だと泣き言を口にするくらい、苦しい出来事が幾つも思い浮かぶ。
と、思うのは、私は私の歩いてきた道しか知らずに生きているからだと客観的に捉える。
自分は自分以外の人生を見ることはできないし、体験することも不可能なのだ。

自分自身の中でのみ、経験は生まれ体験談として存在するのだから、私を含めたみんながそれぞれに感じてきた喜びや悲しみを尺度に物事を考える、当たり前のような癖がある。

だからここに書くことは、私の物差しで見た価値観だということは念頭において欲しい。



死んで始まることなんて、何ひとつあったりなんかしない。
死んで幸せになるなんて、何ひとつあったりなんかしない。
死ぬことで見出せる答えなんて、存在すらしない。

〝サヨナラから始まることもあるんだよ〟

とても好きな人だった。
私の記憶の中でいつも輝いていた人。
いつまでも素敵な人だったから、最期の言葉がソレであって欲しくなかった。