自分の社会的立場を利用する、というのは、どこの世界でもよく聞く話だろう。
大げさに言うと、先日感じたイヤーな気持ちは、そういう事かな、と思ったので書いておこうかと思います。
先日、明らかに自分の非のあることで教えを頂いている側からお叱りを受けることがあった。
結局言い訳に近い事になってしまうが、普段のその人であれば、そんなに目くじらを立てて怒るという程の事でも無かったようにも思う。つまり、怒られた要因の中に、機嫌の悪さという私に関係ないものがあったため、あれ、と思ってしまったわけです。やったことはやった事なので、そこは反省する以外にないわけです。
それに、その時不快な気持になった理由は他にもあって、実はそのとき、私は非常に焦っていて、その焦りを作ってしまった原因というのが、無駄に遠慮してしまった事にあったからです。
ある時間までに仕事を終えたかったのですが、
仕事を教えてもらう関係で、結局その時間には間に合わなかったわけです。
普段は、教える側のその人も、時間の事は気にしてくれるわけなんですが、
以前に、「多少なら遅れても大丈夫です」といってあった事だったので、今回も大丈夫だろう、と(おそらく)勝手に判断されてしまっていました。
しかし、今回に限っては、あまり遅れたくない、という状況が実は自分の中にはあったわけなんですが、しかし、それを言わなかった。
ので、時間をオーバーしての指導になってしまった。
その時は、私だったら、例えオーバーしても大丈夫だと前に聞いていたとしても、状況はケースバイケースの場合もあるから、もう一度聞いて時間の事を気にするのにな。そもそも、指導にどれくらい時間がかかるものなのかが私は分からないので、時間がオーバーするとまずいです、という判断して言う事もできないのにな、と人のせいにしていましたが、まぁそこは、
「絶対ムリ」
とでも言うべきでしたね。もっときちんと、私の守りたいものを守らないと。
そこは遠慮してはいけませんね。
しかし、たぶん、そこで、ああ、私が完全に悪かった、申し訳ない、と思えないのはその人が普段から、
「自分は血液型がアレだから、人からは気を使っていない、気の使い方がわかっていない、といつも怒られる、だが自分は自分なりに気を使っているんだ!」
とおっしゃっており、
なんだ、結局この人もどこかで「自分は努力してるから、これでいいんだ!悪いのは自分ではない」
と行動で証明されてしまった気がして、がっかりしたからでしょう。
ということで、ここまででは
1.やつあたりされてイヤな気持がした
(上の立場を利用し、こいつならこういう態度に出てもまぁ良いか、という判断をされたことに疑問を持った。)
2.「上の立場」というものをなるべく少なくするべく、気を使っているという話だったが、結局できておらず、反省もしていないように感じられてがっかりした。
という事があったという事です。
さて、そういう事があって、また後日の事。
仕事の事で、その人はどうやら他の人に何かを先を越されてしまい、あー、しまったな~という気持ちになった模様。他にも、自分と似たような立場で、着実に結果を出している事を目の当たりにし、焦りと言うか、そういうものを感じてたようでした。
そういうとき、その人は、言い訳めいたことは、少々しか言いませんが、話して気を紛らわせたり、ようは慰められたいのか、絡みやすくなります。で、まぁ、教えてもらう立場であることもあって、いろいろ話を聞いたり、勉強になるディスカッションをさせてもらったわけですけども、なんだかなーとならざるを得ない感じです。
なんていうか、私は特に、色々柔らかい事しか言わないし、なるべくポジティブな事しか言わないんですが、そういう性質とか、下の立場であり、上の立場にあるその人をサポートするような言葉を発しやすい状況にいるので、何と言うか、慰み役に使われたのかなぁ・・・と思ってしまったわけです。
前述の「時間騒動」の事があってから、多分、私も、「遅れたらまずい」と焦りまくって寡黙になったため、それを反抗的な態度と取られたのか、コミュニケーションがそれまでほどに潤滑でなくなっていたのを感じていました。
会話をしている時の感じとかから、お互いに、ぎこちなさ、みたいなものがあるなぁと。
そういう時は、コミュニケーションをむしろ増やして、これまでの感じを取り戻そうと、自分はしたつもりだったのですが、向こうの方はどうやら、一度嫌だな、と思った相手とは、距離を置きたい、という方針のようでした。
なので、当りさわりなくしていよう、と思っていたわけですが、
その人は、自分がちょっと凹んだときには、身近にいて慰めを得やすい私とのコミュニケーションを増やそうとする。
つまり、やはり1.のような、上の立場を利用して・・・というものを感じてしまったわけです。
何でしょう、自分がどういう立場にいて、そういう立場にいると対面する相手がどういう対応を取ってしまうのか、というのは、自分の常識ではなく、相手の常識から来る判断によって決まってしまうのではないか。
つまり、
自分は立場が上でもフレンドリーにしているつもり、
でも
それを是として下の者が同じようにフレンドリーにするかどうか
というは下の者が勝手に判断してしまう事である。
いうなれば、
「あの人は立場は上でもそうしたいと言っているから、じゃあ、それに合わせよう」と思うか、
「そうはいっても親しき者にも礼儀あり、上下関係は意識し続けなければ」と思うか、というのは
意向を示された上での具体的な指示がない限り、下の者が勝手に判断するしかないような気がする、という事です。
だからこそ、自分は立場は上だけれど気を使われたく無い、と思っているのであれば、
「そういう風に考えなくていいよ」
と言うだけでなく
「具体的な行動の指示」
までしてくれないと、
本音と建前が横行する日本においては、なかなか真意が伝わらないのではないかな、と思います。
海外は知りませんけど。
まぁ、「自分は立場は上だけれど気を使われたく無い、と思っている」
という状況が一般社会的に存在するのかどうかが怪しいですし、普通の社会人であったらそんなの考えるまでもない事なのかもしれませんが、とりあえずそういう事実とそれに対するレスポンス、という事象だけを取り扱って考えてみた、ということで・・・。
なんにせよ、
自分のいいたいこと
を自分の思う通りに伝えるというのは難しいですね、本当に。
感覚的なものは、その人の中にしかないので、どんなに似ているとたがいに思っている事でも、
実はoutputしてすべて確かめてみるとぜんぜんちがう!
みたいな事だらけ・・・むしろ、それしかないんでないかな、と思います。
タイトルと大分それてしまいましたが、自分の人の良さ?みたいなところを利用されたから
あの時嫌な気持ちになったんだ、という事を、
書いて確認できてよかったです。もやもやしてほっとくのが一番ダメですね。
ただただ、対象となったモノや人を嫌いになっていくばかりな弱い自分ですので・・・。
なんにせよ、謙虚さを失わずに、自分の謙虚さがきちんと人に伝わる謙虚さなのかを常に意識しながら
「がんばら」なければな、という教訓です。