食いっぷりがいい | 犬のトイレのしつけ

犬のトイレのしつけ

ふせやお手、トイレなど犬のしつけ方法をまとめます。

食いっぷりがいい。
ガツガツと食らうのではなくポロポロと食べ滓を落とすこともせず端整な顔のまま淡々と食べ物を時間をかけて口に運ぶ姿がいい。
うちの担当のホストはそんな男だが、あるものの前ではぴたりと箸を止める。
それならまだいい方で買ってきた私の前でそれをしきりにヘルプに勧め視界から無くそうとする。

理由を問うと箸の代わりに煙草を取った。食後の一服ではなく気持ちの安定剤に煙草の力を借りたようだった。
奴はゆっくりと語り始めた。

売上があがると引っ越しをする。
奴が自分に与える褒美である。
低階に住めなかった自分が高層階に住み、痛客からストーカーまがいのことをされてもただ耐えるしかなかった昔が24時間警備員が在中するマンションに移る。ただ漠然と高級嗜好だったがふいに浮気をしてみたくなった。
流行りのデザイナーズ物件というやつである。
にしても夜職というのは割と不動産関係がめんどくさいものでとりあえず奴はいい物件があれば声をかけてくれるように頼んだ。実際に周りはそういった方法でお下がり物件に住んでいる者もいた。
と、お声はすぐにかかった。
オーナーの知り合いで荷物置き場にしている部屋がありそれを引き払うつもりであるという。本当に荷物置き場にしていただけなので傷みはないはずだとの事だった。
実際に物件を見ると申し分のない部屋であった。陽当たりがよくモダンな造りが心底気に入った。奴は二つ返事でそのお下がり物件に移り住むようになった。
成功した人物だったのであやかりたいという気持ちも後押ししたのだと思う。

一番のお気に入りの場所は風呂であった。
酒を抜くのに半身浴をしながらTVを観るのが日課になっていた。暑さに耐えられなくなれば浴槽に入る段差に腰をかけて涼んだ。
実際に見たことはないのだが浴槽に入る為に段差があるのだがその一部分が微妙なカーブを描いており、そこに腰がかけられるようになっていたらしい。
ある日、奴はそこに座った。

ちくり。

痛み程ではないが背中に違和感を感じた。背中を擦りながら後ろのタイルを確認する。
タイルは少しひび割れていた。
が気になる程ではない。ただひっそりと横に数十センチひび割れていた。
無意識にその割れ目を指でなぞる。

ちくり。
やはり違和感はあった。
違和感のあった部分を慎重に指でなぞると小さな突起物に指先が反応をした。
それはひび割れから少し顔を覗かせていた。爪を立ててそれを引きずり出す。

ずるっ。

「爪だったんだよ。それも爪を噛んで剥がしたようなガタガタの爪。それがひび割れに射し込まれてたん。ひび割れのすき間なんてほっそいもんやで?」

意図的に入れた?
というよりガタガタの爪は割れ目に植えられていた。
所々白いふやけた甘皮のようなものがついてある。奴は排水溝へとそれをほおりなげるとシャワーの水圧で浴槽内をくまなく流した。
半身浴で暑かった身体は冷えきっていたが早々にあがり布団にくるまった。
荷物置き場にしていた男性は30を超えている。どう考えても剥いだ爪を割れ目にねじ込むような悪趣味があるようには思えなかった。
気味悪さが口の中を酸っぱくさせる。

そこへ仕事から彼女が帰ってきた。
奴は当時、付き合っていた彼女と半同棲状態であった。
「悪いけど、冷蔵庫から水、取ってくれん?」
「ん」
彼女は短い返事をすると枕元に水を置いた。
「ね、ね」
彼女が布団の中に滑り込んでくる。
「あのね、うち、広くないけどうちでしばらく一緒にいーひん?」
最初は甘えていると思ったのだが何かから怯えるように彼女は懇願した。
「何かあったか?」
「何ってないんやけど、気味が悪いねん。何かおらん?この部屋?あんたがおらん間掃除に来たら上から覗いてる感じがしたん」
「ロフトか」
「そう」
ロフトはいずれ季節ものの家電を置く為にと空けていたのだがそこから彼女は視線を感じていた。
「昼なのに光がさすのにあの状態っておかしいよ、何かうちの部屋澱んでるよ」
更に彼女は怯えながら伝えた。
彼女はそれ以来寄りつかなくなってしまった。呼び出そうとすれば渋る。

何か気配がする、気味が悪い。
それは奴も感じていた。
だがホラー映画のように突然シャワーが噴き出したり、天井から顔が落ちてくることもない。それで引き払ってしまうのはもったいない物件であった。気味が悪くなると奴は酒のせいにして無理矢理寝るようにした。
ところが事件は起きた。
帰宅すると血を踏みつけたような跡が玄関から廊下へとつながっている。
自分以外の生き物といえば飼い犬しかない。彼は愛犬の名前を呼んだがいつも走り寄ってくる愛犬がいない。
探しながら部屋に行くとカーテンの下に身を潜める愛犬の姿があった。
「お前、けがしたんか?」
抱き上げると愛犬はぶるぶると震えた。
怪我をしているのは間違いない。
足先が黒っぽくなり、血がついた痕だと推測された。よほど痛かったのか普段は絶対しないのに違う場所に粗相もしていた。

「爪がひっかかるなんてありえんのよ。トリミングはこまめに行ってたのに。」
奴は目をしゃくりながら言った。
「爪は縦に裂けてたんや」
大きな煙を吐くとしきりにまた目をしゃくった。

とりあえずその足で病院に行き獣医が首を傾げるのも目の当たりにして愛犬はとりあえず彼女の家で預かってもらうことにした。更に彼女は声を荒げた。
「早く出ないと今度はあんたになるって!!」
部屋に戻って血を拭き取っていてもその声が頭から離れない。
ぷちっ。
、、、ぷちっ。
豆を剥くような音が何処からか聞こえる。耳障りなものではなく生活の一部に溶け込んだかのようなもので空耳かと思えばまた微かに聞こえるのであった。
暑い。
目眩もする。
そんなに飲みすぎたほど店は忙しくなかったはずだ。
酒を抜かなければ。
風呂場に向かう。
磨りガラス越しにそれはいた。
もやっとした黒いものがもっこりと段差にたかっている。
うぉぉ!!!!
ただそれは一瞬のものでかき消すようになくなってしまった。
扉を開けて怖々と中を見回してみてもあのもごもごした黒いものはやはり見当たらない。
見間違いなのか。
服を無造作に脱いで浴室に入り腰を下ろす。

ちくり。
ひび割れに新しい爪がねじ込んであった。

もう酔っただの気のせいだの言えなくなってしまった。
それから極力記憶のあるうちは我が家には帰らなくなってしまった。
後輩と食事に行き更に酒を煽り右も左もわからない状態で部屋に送ってもらいそこから次の出勤時間まで何があっても起きないようにした。
食事に行っても食は進まず胃が常にきりきりと痛んだ。
健康状態は最悪。
セットサロンでも次にブリーチをすると髪が死ぬとまで言われた。

そんな時、奴はエースとアフターで食事にいった。
食後、自宅に向かう。
エースとは客の中で一番金を遣ってくれる客のことである。
深い関係まであったが相手も割りきっているようで不思議と何でも話せたが、この事は話すのにまごつきうやむやにしていた。

入って彼女はトイレに入ったあと唐突に言った。
「阿呆阿呆!もうここに帰ってくんなって!」
奴を凄まじい力で部屋の外に引っ張り出した。
引っ張り出されたのに彼は「ああ、これで踏ん切りがついたな」と開放されたと言う。

「いるやん、、、女」
「え?」
「風呂場に座ってるやん」
人通りが増えた道でやっとエースは振り返った。
トイレにいったあと彼女は風呂場のドアがうすく開いてるのに気がついた。
デザイナーズ物件の風呂場を覗きたくてドアを開けると先客がいた。

黒いトレンチを来た女が風呂のタイルの段差に腰を掛け一心不乱に爪をがしがしと噛んでいた。髪の毛はぺたんと水をかぶったかのように頭皮にくっついていた。
口をせわしなく動かすたび頭が小刻みに震えた。
それがもう野良犬に何日かぶりに餌を与えたかのように必死に噛んでいるのだという。
ぎっぎっと端まで噛み千切ると今度はそれを摘まんで引き抜いた。
爪の端から血が溢れだす。
それを何回も繰り返してはその爪を割れ目に詰めた。
手と口が血でべたべたになっても永遠と繰り返す行為。
他の何も目が入らないように、指先から血が噴き出しても何度も、、、
狂気じみた行為に彼女は絶句した。
ただこちらに反応を示さないのがせめてもの救いではあったが剥いだ爪をねじ込む姿は呪術をかけるがごとくだったらしい。
「絶対ここにいたらよくないよ、死ぬよ。」
彼女はそそくさと帰ってしまった。


「あぶりマグロそっくりやって言うたんよな」
細く煙を吐きながら奴は言った。
「あぶりマグロって表面を炙ると白っぽくなるやろ?でも中身は赤身のまま。それが座っていた女の指先そっくりやって」

奴はあぶりマグロの握りが喰えない。