第22話●パソコンは「色即是空」
…モノの本質が具体化した道具がパソコン。
灰皿は灰皿の形をしている。コップはコップの形をしている。椅子は椅子の形をしている。自動車は自動車の形をしている--これが、いままでぼくたちのまわりにある当たり前の道具だった。
道具の用途が形に現れていた。だからこの灰皿はきれいだからスープを入れて飲めるよといわれても、それは決してスープ皿にはなれない。灰皿の形をしているから、誰も灰皿以外には使おうとしないわけだ。外国のホテルなどで孔柄の模様が焼き付けてあって、吸いかけの煙草をのせる溝もはっきりしていない灰皿がテーブルに置いてあったりする。こんな時、あれっ、ここに吸い殻
を捨ててしまっていいのかな…と思ったりするのは、当たり前の形をしていないからなんだ。
用途が形に現れている道具を使うときは、ある程度経験がものをいう。だが、コンピュータは違う。これは用途が形に現れていない。なにやらプラスチックの箱形のモノが、計算機にも使えるし、ワープロにも使える.、ゲームにも。ソフトウエアによっていろいろに使えるわけで、言い換えると、使う人によって一枚の皿が灰皿にもスープ皿にもなるというようなせのだ。一種の仮想の世界なので、概念を把握しないと使うことができない。ここでは経験はものをいわない。だからクルマには一家言を持つオトッツアンが、パソコンにはまるで弱い。
仮想の世界でソフトウエアというのは、関わりあいの手順を設計したものなんだね。
コンピュータは人間が作った道具の中で、用途が形に現れていない初めてのもの。形がはっきりしていなくて、関わりあいを明確にすることによって使い方も使用目的も変わってしまう道具だ。パソコンが出現するまでは、あらゆるモノが見せかけの形そのもののイメージだったのだと、7年ほど前に突然気がついた。
人間の歴史では、ものの考え方を具現化するために血を流し合ってきた。十字軍の遠征もアレキサンダー大三の征服ももそうでしょ。それがそんなものに一切の関係なく、モノの考え方を具現化しちゃったのがパソコンだ。そしてソフトウエアというのは思想そのもの、人間の考え方そのものを具現化したものだ。ちょっと難しく哲学風にいうと、灰皿はひとつの現象でありモノの形で、パソコンはモノの本質を具現化したものだともいえる。
だから一部のアプリケーションソフトは、パソコンが本質を具現化しているにもかかわらず、形をわざわざ作って、灰皿として使ってください、スープ皿として使ってくださいといっている。もちろんモノによっては、ワープロのように形にしちゃった方がいい部分もある。コストも安くなるし、大量生産もできるからね。
マイツールは違う。モノの本質の具現化された延長上にある。仕事によってアプリケーションソフトを揃える、つまり「これしかできないものをた〈さん持つことで、何でもできるようになる」のではなく、マイツールのみ、つまり「ひとつで何でもできるもの」になっている。これはマイツールの開発当初から一貫して考えていたことだった。だって、モノの本質を具現化するものである以上、そうなるべきなんだからね。となると後は、バソコンの本質の部分を、どのように誰でもが使えるものにするかが重要だと思う。それをマイツールでは本気になって追求した。
形にとらわれないで本質だけを考えるというのは、日本人は得意だったはずだ。禅の公案とか仏教の経典には、形にとらわれることを読める言葉が、これでもかというほど出でくる。「色印是空」の色は物質モノの本質ということだ。また日本では利)様は八百万(やおよろず)の神というように、800万もあったようで、これだけあると逆にひとつの偶像にこだわるわけにはいかない。封建社会は形にこだわらないと管理ができなかったから,厳しい管理があったと思うけど、その中で宗教だけは形にこだわらない文化を作ってきた。次にとらわれない--それがいま大事になってきたことに気がつくべきだ。人間の歴史は道具の歴史だといった人がいたけれど、パソコンの出現によって大きく変わっていく部分があるだろうね。開発者が考えていた枠を、大き〈踏み越えてしまうような変化が…。
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おわり