日本のロックフェスティバルブームの火付け役となった「フジロックフェスティバル」が、今年で15回目を迎えた。批判もあったが、夏の風物詩として定着した。森山さん 主催するスマッシュの日高正博代表に聞いた。
第1回は1997年。富士天神山スキー場だった。暴風雨に直撃され、2日目は中止。準備不足で寒さに倒れる観客が続出した。
「偉そうな言い方だけど、若い人に本当の楽しみを教えたかった。楽しみは自己コントロールからしか生まれない。大自然の中で健康管理し、マナーを守り、助け合ってけが人が出ないよう上手に興奮する」
第3回から、会場を新潟県湯沢町に移した。フジロックのごみ分別収集は驚くほど徹底している。
「スタッフが率先してやっていれば、お客さんも見習うんです。地元の方に、ごみは絶対散乱させないと約束していた。本音では心配していたんだが、お客さんが道々、ほかの人のごみまで拾って歩く姿をみた。お客さんにとっても死活問題だったんです。ここを追い出されたら、ダミエ 楽しみの場がなくなってしまう、と」
広大な会場に、主なステージだけで六つ。4万人クラスの大ステージの横で、無名の新人が演奏しているのもフジロックの魅力だ。