ずっとみたかったかぐや姫の物語を昨日やっとみてきた

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感想は、これは見方によっては色々変わるだろうなと思った




そもそもこの映画は、大昔からずっと語り継がれてきた竹取物語をより詳しくわかりやすく新たに登場人物の心情をいれて描かれたもの

誰もが知っている竹取物語なだけに、淡々と見たまま、あぁ原作通りだったなぁなんていう感想で終わる人もいたりした




だが私はこの映画をみた時、今までの竹取物語の印象とはまた違う新しい印象を感じた

私が今までみてきた竹取物語は、心情を描かれてない作品だっただけにあまりこの物語に深い印象を感じてはいなかったし、なんだか薄い古き良き物語だなぁくらいにしか思っていなかった




でも今回のかぐや姫物語をみて、かぐや姫がどんな幼少期を過ごし、どんな思いで成長していったか、月に帰るまでの思いや、自然と共に生きる素晴らしさや、人の欲への愚かさなど、沢山の心情が描かれていて素晴らしい作品だと思った




特に印象に残っているシーンは、姫がかぐや姫という名前を貰い、沢山の人から祝福される宴会でのシーン

表に顔を出さないかぐや姫を不審に思った人々が、本当は美しいなんて嘘なんじゃないかとか、あることないことを言い続け、かぐや姫自身がその言葉に傷つき耐えきれなくなり、屋敷を飛び出し十二単を全て脱ぎ捨てて、拾われて幼少期を過ごした山へボロボロになりながら帰るところには、とても痛々しいものがあり、思わず涙が出た

スケッチのような絵柄から、あの気迫のこもった物凄い眼力がずっと頭に焼き付いているし、かぐや姫の本当は姫なんかならずに、幼少期と同じように田舎で伸び伸びと暮らしていたほうが幸せだったという気持ちや、最期に月に帰るシーンで現世では人の欲望に振り回されたものの、その欲望さえも最後には愛しく感じ、くだらないものなんかじゃないと姫が訴えたところは、なんだか凄く現代にも伝わるものがあるような気がした

この物語は本当に古い物語なのかとも思えたし、人があの時代から進歩しているかどうか、そんな事を深く見直させるような作品でもあった




竹取物語の作者は未だ不明のまま

それでも偉大な歴史人物がこの物語を愛し、そして現代まで語り継がれてきた

その理由が今この映画を通してよくわかった気がする




文章の書き方も言葉もあの時代から随分変わってしまったけれど、人が感じるものというのは、実は今も昔も変わっていないのかもしれない

竹取物語は、かぐや姫が天からの授かりものとして生まれ生きる物語だけれど、おそらくこの竹取物語自体が天が与えたものそのものだと思った




高畑さんの竹取物語に対する敬意も込められていて、その当時の世界観、歴史観、本当によく調べ尽くしていたし、よりわかりやすく竹取物語が自分にとって親しみやすいものとなったのは間違いない




まだ見てない人、かぐや姫をみて今までとは違った竹取物語の印象を発見をしてみては