大人になっていくにつれて、生命について、育てるということについて色々と考えるようになった



ニュースで時々みかけるようになった残念な子供達の事件とか、珍しくもなくなってきた無差別殺人のこととか

日々、いろいろなニュースが飛び回っているけれど、でもみんなみんな小さいときは、生まれたときは何も知らない無垢な愛しい天使だったんだよなと



どこで何を間違えてしまったのだろうと

親はなにを教えてきた?
まわりは何を教えてきた?

そして彼らは何に気づき、何に疑問を感じ、何をどうしたかったのだろうと



そう色々考えたらとっても複雑で、色々なもののせいにする気もおきないし、なんだかもう脱力感ていうかなんていうかそういうものがあふれた



社会って自分一人うんぬんの問題じゃないんだよなって

事件まではいかなくても、色々な問題はたくさんあるわけで、それを見て見ぬふりをするのもよくないって思ってる



連鎖反応、これは良くも悪くもおきているもの

そこでどれだけ自分を保てるか、流されずに自分としての意見を主張したいもの



うまくはいかない

でも諦めてしまえばどんどん堕ちていくだけだよね



小さい子のちょっとした我儘、今の時代のお父さんとお母さんはそれをすぐに許してしまうのだろうか

少し前の時代だったら怒られて無理やりにでもいく方向にあった



甘くなっているのは自分自身余裕がないから?

誰も助けてくれないから?

子育てにストレスを感じる、周りが誰も助けてくれない

産んだことに後悔している?

育てられなくなりました、ギブアップです



助け合う余裕も確かに減ったね

でもだからといって学校に行かせて先生にすべて任せますというのは違うよね



理由は確かにたくさんあるね

でも僕らは子供とは違うね



大人になった 子供を育てる人になった 色々な責任がついてくるのは当然

そしてそれを果たそうと努力するのも当然のことなんだよね



ひとりで背負うのには確かに苦しい

だから色々な手助けが必要なこともある



父と母、二人の役割がある そしてそのための家族がある

守っていかなければいけないものはたくさんあるね



今、その大事なバランスが崩れている

土台がしっかりしていなきゃまともな家もきちんと建つわけがない



多少の言い分、我儘はある

でもちょっとくらいは耐えなきゃいけない



お金が絡んでいるのなら、そのお金に流されないようにしなきゃいけない

子供じゃないから 自分たちにはもうそれをきちんと耐える力がある

それを信じるしかないんだよね



強くなるのってものすごく大変なこと

でも、ある程度の支えもないと強くはなれない



あーだこうだって、他人事なら確かにいくらでもいえる

でもそれがどんなに大変なことかって、そういうのをきちんと感じ取っていかなきゃいけないんじゃないだろうか



もっともっと自分たちは考えなきゃいけないんじゃないだろうか

そしてそれは今を生きている子供達にも、色んなことを考えてほしい



色んな理由があって、色んなものが成り立っていること

年齢なんて関係ないし、気付いたらどんどん学んでいくのがいい



教科書を見るということだけが勉強じゃない

色々なものを自分の目で見て感じて、そこから自分はどうしようって色々考えていける人達が増えていってほしい

そうじゃないとこの国が本当に潰れてしまいそうでこわい



道徳心をもっと豊かに大切にしていってほしい



他人の痛みを自分の痛みに感じれるくらい

温かい世界はちくりと刺さる痛みから生まれていくから



負けないように

一歩一歩進んでいきたいね